第70話


 王女の衝撃発言の後、僕は情報を整理したいと申し出た。

 それにより、今日はお開きとなった。

 

 知りたかった情報をあまり得られなかったどころか、より困惑する事態になってしまった気がする。



  ◇  ◇  ◇



 自宅に戻った僕は状況を整理する為、ベッドに腰を下ろし考え始めた。



 まず、僕が王女の従者をしているのは、アルシェット様の手引きによるものでほぼ間違いないだろう。

 僕である理由については不明のままだが。


 ミレイがアルシェット様と密接な関係である事も確認できた。

 そこが本日の最大の収穫と言ってもいいかもしれない。

 おそらく、まだ隠し事もあるとは思うが……。

 よくよく考えると、今日の話し合いは全て、ミレイに操られていた気さえしてくる。


 しかし、王女やガウェン様、ミレイには僕の名を出しているのに、なぜ当事者の僕は何も伝えられていないのだ?

 そこがどうしても理解できない。

 僕が彼らと顔を合わせる事となれば、すぐに分かってしまうことなのに。


 本当に全く接点が無かったのか?

 そうなれば、幼少期に会った”彼”は別人なのか?

 それとも、それらしい言葉を掛けられていたのに、僕が気付かず忘れているだけなのか?

 それに、いったいどこまでが関係者なのだ?

 これも訊ける範囲で探りをいれてみるしか無いか……。気は乗らないが……。


 そして、アルシェット様が僕に与えた役割である”アルレ様を導く者”。

 アルシェット様は、僕がその後、関係するであろう人物達に何らかの役割を与えていた。

 ガウェン様は自身を"盾"と称していた。

 それは王女や僕等を護るという意味なのだろうか?それは何から?

 ミレイは”王女と僕を繋ぎとめる”という役割を与えられていた。

 そこにどんな意味があるのだ?


 ”未来視”という信じ難い能力を加味し、僕が”導く者”であり”世界を左右する存在”であると仮定してみよう……。

 とはいえ仮定でも身に余るモノだと抵抗を感じてしまうが……。


 それは僕が従者として王女の傍にいる事により、王女の進む道が変わるという事か?

 その結果として世界が変わると?


 それを、王女に残した「王になれ」という言葉と結びつけると――

 ”僕が王女を王に導く”というようにも思えてしまう。

 「そんな馬鹿な……」と、どうしても否定から入ってしまう。

 アルシェット様の望みとはやはり、王女を”王”にする事なのだろうか?


 そしてまた振り出しに戻ってしまうが、そもそもそんな重要な役割をなぜ僕が担わなくてはいけないのだ?

 もし推測通り魔術を教えてくれた”彼”がアルシェット様だったとしても、その程度しか関わりを持っていない僕にそんな期待をするとは思えない。

 だが、本当に全く面識が無かったとしたら、そちらの方が異常か。

 ”未来視”という能力を真に受けてしまえば、その全てを強引に結び付けられるのかもしれないが、どうにも僕にはそれが出来ない。

 魔術に多少の心得があるというのもあるが『そんな事が出来るならば、僕の力など当てにせずとも自身の力で望む結果へ導ける筈』と、考えてしまうからだ。


 ああ、考えれば考える程、解らなくなる。

 だいたい王女は王になることで自由になれるのか?

 より窮屈になるだけなのではないか?

 何故アルシェット様は王女がより苦悩しそうな言葉を残したのだ?

 本当に単なる冗談だったのか?


 今ある材料だけでは、何の解も見出せない。

 それに皆、言っている事が微妙に嚙み合っていない気もする。

 ガウェン様はアルシェット様の死すら伝えないし、ミレイは王女の平穏を願いながらも王座には同意していた。

 王女は王女で知らないことが多すぎる上に、王族からの離脱を望んでいる……。



 駄目だ……気分は晴れないが、もう諦めよう。


 最近、気が付かぬまま、少し調子に乗っていたのかもしれない。

 元より僕がどうにか出来ることなんて、何ひとつとして無い。

 僕はただ都合良く使役されるだけの存在。


 そう理解したんだったな……。



  ◇  ◇  ◇



 翌日、僕とミレイが王女の部屋に集うと、王女はいきなり頭を下げてきた。


 「すまぬ。昨日の失言は忘れて欲しい」


 戸惑う僕等を前に嘆願する王女。


 「えっ、ええ、僕は全然構いません……」


 言いながら、ミレイに視線を送る。


 「アルレ様がそう仰るのならば」


 ミレイは静かに答える。



 「そうか……。約束じゃぞ」


 ほっとした表情の後、人差し指を向け念を押す王女。


 「はい」

 「承知しました」


 僕とミレイは頷く。


 「お主等にとっては、大きな出世の機会なのかも知れぬが……すまぬ。じゃが、妾が王になるなど有り得ぬことじゃし、考えるだけでもおこがましい。妾は所詮、お飾りでしかない」


 自身を卑下するような発言の後、寂しげな表情を浮かべる王女。



 「私は出世や名誉の為にアルレ様の傍にいるのではありません」


 ミレイは強い口調で言い放つ。


 「ならば……いや……」


 王女は言葉を飲み込む。


 「どうして貴方は……」


 ミレイは表情を少し顰めた。



 王女の言葉の意味はそのまま受け取るしかないだろう。

 王女は王女でしかなく、国を背負うような立場には成り得ない。

 そもそも王女に王位継承権は無い。

 加えて、人族とのハーフという負い目も感じているのだろう。

 痛感していると言った方が正しいのかもしれない。

 イリス様との確執という部分でも感じ取れるのだが、一部の王族や貴族達の間では、何らかの批難もあるのだと思う。

 それどころか、普段慕っている様に振舞う庶民の中にも反感を持っている者がいてもおかしくはない。

 幼少期から、そういった猜疑心を持ちながら育ってきた王女なら、色々な事に否定的で消極的になるのも頷ける。

 むしろ、外面だけとはいえ、よく今のように育ったものだ。

 そう考えると、本当に王女が不憫に思えてくる。

 僕が王女の年齢の頃には何を考えていただろうか?


 そして、ミレイは何を言おうとしたのか?

 普段の態度から、地位や名誉に固執していないのは察することはできる。

 そして、アルシェット様が噛んでいるというのは分かったが、時にそれを超えた愛情を感じさせる時もある。

 そこには何か他の理由もあるのだろうか?


 少しだけ二人に近付けた気になっていたが、その距離が広がったというよりも”捻じ曲がって”しまった様にも感じていた。

 今の状況を作ってしまったのは、やはり僕が分不相応にアルシェット様の事を知ろうとしたのが原因か……。

 気になる事は多いが、ここは一度幕を引こう。

 それこそ、僕は単なる従者なのだし……。


 「申し訳ありません。もう、止めにしましょう。話を切り出した僕が言えた事ではないんですが……。この話を続けても、僕らにはどうすることも出来ません。……アルレ様が疑念を抱いていた事もその理由も分かりましたし、ミレイの事情も知ることが出来ました。それだけでも十分進展した気がします。当然、疑念は残るかもしれませんが、それは仕方のない事です。それこそ完全に互いを理解する事など不可能なんですから……。だからこそ、それを踏まえ一度リセットしましょう。僕等はアルレ様の従者、それ以上でも以下でもない。今のところはそれで良しとしませんか?」


 何のことはない。

 「今まで通りでいましょう」という事を、理屈っぽく語り、誤魔化そうとしただけである。

 都合のいいことを言っている自覚はあった。

 無論、その言葉で二人が納得するとは思っていなかったが、今は表面上だけでも取り繕う事が重要だ。

 その後の事は、その後で知れば良い。

 

 これは自身への戒めでもあった。

 自身の立場を忘れ、個人的な探求心から、軽率に探りを入れた事に後悔していた。

 僕がアルシェット様の事を聞き出すことで、互いに疑心暗鬼を生み、すべて壊れる。

 僕はそんな事を望んではいない。

 今の環境は、それなりに居心地が良かったのだ。



 「……お主はそれで良いのか?」


 王女は僕の表情を伺いながら問い掛けてくる。


 「ええ」


 僕は頷いた後、ミレイに視線を向けた。


 「本当に、セルム様が言うのはどうかと思いますが……その意見には賛同致します」

 「そうか、本当にごめん。でも、それなら良かった。……なんていうか、アルシェット様の事を聞こうとしたのを……後悔しています」


 ミレイの言葉に苦笑いを浮かべ、後に頭を下げた。


 「しかし……」


 王女はまだ困惑している。


 「ただ、今まで互いに目を背けていた部分が、少しだけ見えた事に関しては意味があったとは思います。……言い訳ですけど」


 僕は少しでも空気を変えようと、茶化した感じで言ったのだが、王女は暗い表情のまま――


 「……お主等は、妾を厄介者だとは思わぬのか?」


 弱々しく訴える王女。

 それが何を意図しての言葉か、正確には分からない。


 だが、その言葉を聞いた僕は、先のミレイと同じ感情を抱いているのかもしれない。

 多少の苛立ちだ。

 まるで過去の自分を見ているようで歯痒い。

 会する者は皆、自分を虐げていると感じ、近付いてくる者は皆、自分を利用し貶める存在だと決めつける。

 自分を卑下し、周囲を憎む。

 そんな経験が僕にはある。

 ひょっとすれば、ミレイも同じかもしれない。

 知り得た情報から推測すれば十分在り得る事。

 ならば、今の僕は王女に何と声を掛けるのが正解だろうか?

 いや……あの時僕は、何と言って欲しかったのだ?そして、どう救われた?



 「……今更ながら、少しだけ。ほんの少しだけ、アルシェット様の意図が見えてきた気もします。……ただ、そんな事とは関係無く、何度も言っていますが、僕は今の環境を気に入っています。アルレ様が居て、ミレイが居て、僕は適当に虐げられながら嫌そうな顔をして、それでもアルレ様の世話を焼く。そんなどうでもいい毎日が……。僕にとっては二人とも掛け替えのない存在になっています。って、本当に何度も言っていますがね。いい加減、それを信じて下さい」


 僕は真剣な表情で言った。



 室内は鎮まる。



 「うっ、うむ。……そうか」


 やや時間を置き、頬を赤らめ戸惑いながら返答する王女。

 表情を変えず、静かに目を瞑っているミレイ。


 「そういう事です。取り合えず、今回の話はここまで。色々と思うところはあるかもしれませんが、今一度、互いの理解を深める所から始めていきましょう。それで良いですか?」


 僕は念を押すように、強引に話を切り上げようとした。


 「……妾は。……それでも良いが」


 王女は恐る恐るミレイに視線を送る。


 「私も異存はありません」


 淡白に答えるミレイ。


 「はい、じゃあここまで!では、通常業務に戻りましょう!!」


 僕はわざとらしく声を張って言った。

 半ば強引な幕引きではあるが、こうでもしなければ収集がつかない。

 僕だけが言いたい事を言って、後は投げっぱなすという、最悪の会議。



 「……うむ」


 どこか腑に落ちないといった表情の王女だったが、戸惑いながらも頷いた。


 「では、今日は何をすれば良いですかね?」


 強引すぎる流れだと自覚しているが、考える間を与えぬよう僕は王女に訊ねた。


 「ん?えーっと、そうじゃなぁ……」


 ぎこちないながらも、顎に手を当て考える王女。

 少しでも日常感を出そうと無理をしているのだろう。


 言うほど僕も納得出来ている訳では無い。

 だが、言ったことは本心だ。


 こんな風に間の抜けた日常を続けたい。

 そしていつかは、本当にわだかまり無く、理解を深めた上でこんな日々を送りたい。

 そう願ったのだ。

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