第69話
「滑稽……いや、むしろ不快か?」
冷めた目で僕とミレイを見る王女。
「以前ならばそう思ったかも知れません。ただ、今は……少し分かる気もします。では……アルレ様の望む自由とはいったいどんなものなのですか?」
僕が王女の抱える悩みの全てを理解出来る筈は無い。
だが、王女の望んでいる”自由”の想像は何となく出来る。
今はそれを、王女自身から明確に伝えて欲しい。
それを知ることで『僕は何をすれば良いのか?』という指標になる気がしたのだ。
そんな中、ミレイが唐突に発言する。
「すみません、無礼を承知で意見させて頂きます。アルレ様の御考え、決しておかしいとは思いません。ですが、アルレ様が”それ”を望むという事が、どういう事だか御理解されているのですか?」
ミレイは厳しい口調で問う。
「ふむ……。一応、それがどういう意味か、ミレイの口から聞かせては貰えぬか?」
驚くでも、怒るでも無く、王女は冷静に聞き返した。
「はい。耳触りの良い言葉でない事を先に謝らせていただきます。…………アルレ様の”それ”は高望みでしかありません。世の中にはアルレ様のような理想を持つ事を許されない、それどころか、その言葉すら教えて貰えない環境に身を置く者が数多く存在しているのです。その事実を踏まえた上で、尚も、アルレ様が”それ”を欲するというならば……今ある全てを捨て、過酷な状況に身を置く覚悟が必要です。さらには、多くの方々を巻き込まざる負えないでしょう。犠牲が出る可能性も御座います。そこまでお考えでいらっしゃるのですか?」
僕に対して言うような、どこか冗談めかした皮肉では無く、素直に厳しい言葉。
王女に対しここまで辛辣な事を言うのは、あまりにミレイらしくない……。
王女が自由を求める事には反対なのか?それがアルシェット様の意志なのか?
しかし、ミレイは王女を政からは遠ざけようとしている節があった。
自由を求めることの方が困難な道という事か?
それも理解出来なくもないが、もしかすると、僕が何か勘違いしているのか?
王女は一瞬、萎縮する素振りを見せたが、すぐに姿勢を正し真っすぐミレイを見つめる。
「そうじゃな。妾も高望みじゃと思うておる。そして、その覚悟を持てない事も確かじゃ。もとより前例も無いしのぉ。故に、叶わぬものじゃと思うておるよ」
王女は微笑みながらも、切なげな表情を浮かべた。
「……そうですか。失礼極まりない発言、誠に申し訳御座いませんでした」
ミレイは表情を変えず、深々と頭を下げた。
「いや、良いのじゃ。妾も理解しておる事じゃし。流石にそれを、セルムにどうこう出来るとも思っておらん」
王女は僕に視線を向ける。
この話の流れで矛先を向けられても答えようが無い。
僕が少し悩んでいると――
「……ですが、アルシェット様は、それも見越してセルム様を推薦したのかもしれません」
追い打ちをかけるような、ミレイの言葉が耳に入ってきた。
ミレイは何を言っている?
未来視でそこまで見通して、僕に何かさせようとしてるって事か?
いやいや、そもそもそんな能力が本当にあったなら、もっと効率的なやり方があると思うが……。
「申し訳ありません。やはり、僕には二人の言っている事が良くわかりません。結局、アルレ様の望みとは何なのですか?」
実際、おおよその見当は付いているつもりではあったが、多少揺らいでいた。
だからこそ、王女自らの”明言”が欲しい。
「今の会話で察しがつきませんか?自由を求めるアルレ様。それに付随する覚悟。……それを成すための道」
ミレイが意味深な発言をする。
何故ここでそんな忠告をする?
それは今の僕の考えを見通した上での指摘なのか?
ならば、その言葉を受けて、もう少し深読みしてみよう――
「まさか……王になる?とか?」
突然、王女は吹き出し、咳き込む。
あれ?違ったか?
「流石にそこまで飛躍した考えは……いえ、悪くはないかもしれませんね」
ミレイは珍しく僕の意見に同意する。
「待て待て、妾もそこまでは考えておらんっ!!単に王族というしがらみを完全に捨てたいと思っただけじゃ。……それも、おこがましい考えではあるとは思うておるが、王になるなどとは考える事すらも恐れ多…………あっ」
王女は必死に否定していたが、急に言葉を飲んだ。
「?どうしましたか?」
僕は王女に尋ねた。
「いや……その……、なんじゃ、そういえば叔父様が……」
「まさか……。何か、言っておられたのですか?」
この流れから推測出来ることなど一つしかない。
が、どんな風に伝えられていたのかが気になった。
…………
王女は俯き、体を縮ませ黙り込みむ。
両手を使ってもじもじしている動きが、躊躇いを感じさた。
…………長い。
「あの……」
しびれを切らした僕が声を掛けようとした瞬間、王女は呟いた。
「……やはり、単なる冗談にしか思えん」
「頑張ってアルレ様!冗談でもいいですから。お願いします。教えて下さい」
僕はアルレ様を気楽にさせようと、若干茶化した感じで言った。
だが、内心は大真面目だ。
「本当に冗談の可能性が高く、信憑性には大きく欠ける話じゃぞ?」
「分かりました。そのつもりで聞かせていただきます」
王女は一度大きく息を吸っ――
「……その……のぅ、妾が……ぉぅ…………」
――た、割には王女は極端な小声で、よく聞き取れない。
「えっ?何ですか?」
僕は聞き返す。
すると、王女は意を決したように表情を強張らせ――
「分かった!!お主等を信用した上で言う!絶対に、何があっても、誰に聞かれても、絶対に、絶対に他言無用じゃぞ!!!」
「はい」
王女は恐ろしい剣幕で、くどい念押しをしてきた。
僕はそれに勢い良く頷いた。
「叔父様は……妾に王になれと言ったのじゃ!!!」
王女は顔を真っ赤にし、言い放った直後、再び俯いた。
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