第68話


 「有難う御座います。心中お察しします。ですが……お疲れの事とは思いますが、もう少しだけお尋ねしてもよろしいですか?」


 僕は王女を労いながらも質問を続けた。


 「言うてみよ」


 疲れを見せながらも了承する王女。


 「有り難うございます。……ここまでの話を聞いて尚、僕とアルシェット様の接点が見当たりません。何かほんの僅かでも、その部分でお気付きになられる事は無いのですか?」

 「……すまぬ。おぬしに関しては本当に先の事を伝えられたのみなのじゃ。他には何も聞いておらん」

 「そうですか……」


 そうもはっきり言われてしまうと、次の言葉が見付からない。

 そして、これ以上”その件”について聞きだせるとも思えない。

 なら――


 「分かりました。では、質問を変えます」

 「……ん。……うむ」


 「お待ち下さい。今日はもう良いのではないのですか?」


 ミレイは鋭い視線で止めに入る。


 「いや、今ここで聞けるだけ聞いておきたい。なるべく後に引き摺りたく無いんだ」


 僕は真剣な口調で反論した。

 この機を逃せば、更に聞き辛くなる気がする。


 「すまんのミレイ。気持ちは嬉しいが妾もセルムと同感じゃ。……さぁ、続けよ」


 ミレイに軽く微笑みかけた後、真剣な眼差しで僕を見る。


 「はい。これはミレイにも訊きたい事です。アルシェット様はこんな回りくどい事をして、何を望んでいたのですか?」


 アルシェット様が何者かも分からぬ以上、その思惑から逆に辿って行こうと考えた。


 「叔父様の望みか……。どんな事を言っておったか……?そもそも、自身の展望など語った事があったじゃろうか?」


 王女は考え込む。


 「あの方は自身の心中や思惑を明かすような方ではありませんでした。強いて挙げるならば、アルレ様の動向を気に掛けていた……という程度でしょうか」


 ミレイは静かに応えた。


 「それはアルレ様を心配してたって事?」

 「心配していた……というのが、正しい表現かは分かりません」

 「?じゃあ、何か具体的な指示とかはあったの?」

 「前述した通り”貴方をアルレ様の傍に置いておくように”と、命ぜられただけです。それにどんな意味があるのかは存じません」


 これも手詰まりか。

 結局、あまり大きな収穫は得られそうもない。

 無論ゼロという訳でも無いが……


 と、そこでふと思い出した。

 僕が王女を”導く”とはどういう事だ?

 何処に?……比喩として考えた場合、どんな結果に?

 アルシェット様が亡くなっている以上、真意を知る術は無いが、これに関してはあるいは……。


 「……”導く”という言葉に対し、アルレ様が何か気付く事はあるのですか?」


 僕の質問を聞き、王女は再び考え込む。


 「…………分からん。何の事を指しておるのか」


 その答えが返ってくる可能性が高いとは思っていた。

 当然、明確な答えが返ってくれば、最良と考えていたが……。


 「そうですか。では、アルレ様の望む事って何かありますか?」

 「望む事、じゃと?」


 怪訝な表情で首を傾げる王女。


 「はい。今後、国にどうなって欲しいとか、自分がどうなりたいとか……」

 「急に言われてものぉ……。その時々で望みは変わるものじゃし……」


 表情を曇らせ、悩みながら答える王女。


 納得せざる負えなかった。

 ”望み”など、その時々の状況で変わる。

 特に多感な年頃の王女であれば尚の事であろう。


 「確かに……。単純に空腹で食べ物を欲するような一過性のものもあれば、永遠の命を欲するというような壮大なものもありますしね」


 僕は静かに頷き答えた。

 大まかな方向性だけでも知りたいと思ったが、それすらも変化する可能性は大きい。


 まさか、小説を作りたいとか、友人が欲しいとか、そういった細々したもの全てに対しての言葉じゃないよな?

 そんなのキリが無い。

 いや、そういう望みを叶え続け、王女を立派に育て上げる役割を期待されたという事か?

 ”未来視”の力で読み取ったうえで? 


 「じゃがのぉ……。真剣なおぬしを見て、何も考えぬ訳にはいかぬと思うた。そこで少し思い出したのじゃ……。かなり昔に叔父様に少し、話してしまった事があったかもしれん。とな」

 「何を……ですか?」


 王女は少し躊躇う。


 「……妾は……自由が欲しい、と」


 少し驚く僕を見た王女は俯く――

 

 「……こんな、何不自由の無いように見える妾が、そんな事を言うのは憚れると自粛しておった。じゃが、周囲が思う程に気楽では無い。裕福である事は理解しておるし、権力がある事も理解しておる。じゃが、それだけしか無いのじゃ」


 申し訳なさそうに語る王女。

 ”それだけ”というには十分過ぎる、と庶民は思ってしまうだろうが、それは短絡的な考えでしかないのだと今ならば理解できる。

 それくらいには王女と共に過ごしてきた。

 自由に外出する事も許されず、外部への発言には常に気を遣い、会話する相手も制限され、その全てに品格を求められる。

 一つ間違えば盛大に非難を浴びる。

 その窮屈さは、不自由と呼んでもおかしくは無い。

 ”自由”とはほど遠い。

 そして王女には立場を受け止め、開き直れる程の胆力が無い事も知っている。

 歳相応か、むしろ、それより弱いくらいの少女。

 権力と巨万の富と引き換えに、相当な重圧を背負っているのだ。

 それがもし、自身で選択した結果ならば折り合いが付けられるかもしれないが、生まれながらにして決定付けられたものとなると理不尽さを感じる事もあるだろう。


 「自由……ですか」


 僕は呟くように言った。

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