第65話


 「そんな前に!!なぜっ!?」


 僕はまるで責めるかのように訊ねた。


 「知らぬ……。事故とも他殺とも……自殺とも取れる状況じゃったと聞かされておるだけじゃ」


 寂し気な表情で語る王女。

 王女はアルシェット様に懐いていたと聞いていた。

 配慮に欠ける質問だったと反省はしたが、それでも無視は出来ない。

 というか、そんな要人の死が、なぜ殆ど知られていない?

 いや、必然なのか?

 そもそも国はアルシェット様の存在自体を隠していた気もする。


 「……ミレイは何か知らないの?」

 「存じません。お亡くなりになられた事だけは風の噂で耳にしましたが……」


 恩義を感じていると言ったわりに、淡々と語るミレイ。

 もう気持ちの整理がついているという事だろうか?


 ただ、そうなると脱獄事件とは無関係だと考えるしかない。

 あの件が何かしら関係しているのかも?と、考えてはいたのだが……。

 ではもし、僕が魔術の施しを受けた”あの人”がアルシェット様だったとして、それで従者候補に挙げられたという可能性はあるだろうか?

 流石にそれは無理があるだろう。


 アルシェット様が亡くなったという五、六年前……その頃僕は何をしていた?

 高等習院を卒業した頃か?

 軍に入ったばかりの頃か?

 もしくは……。

 駄目だ、やはり僕との接点が思い当たらない。



 「二人は……アルシェット様から、僕の事を何か聞いていたんですか?」


 とにかく何かヒントが欲しい。

 今の状況では何も聞かなかったのとさして変わらない。


 僕の質問に対し、二人は少し考える。

 若干の沈黙の後、ミレイが小さく手を挙げた。


 「では、私から」


 僕と王女は小さく頷く。


 「私はセルム様について”毒にも薬にもなり得る存在”だと聞いておりました。その真意までは分かり兼ねます」


 真顔で語るミレイ。

 だが、ガウェン様も似たような事を言っていた気はする。

 どちらにしても過大評価だと意見したいが、今はその気持ちを押さえ、質問を続ける事にした。


 「それで、僕に対して何かしろと言われたの?」

 「特には……。強いて挙げるとするならば『なるべくアルレ様の近くに置いておくように』と、それだけで御座います」

 「えっ?……まさかミレイが僕を従者に推薦したりしたんじゃないよね?」

 「私にそんな権限は御座いません」


 そりゃそうか、と納得しながらも、やはり腑に落ちない。


 「うっ、うん。そうか。……では、アルレ様は?」



 「……んっ?ああ、そうじゃな」


 話に聞き入っていたのか、急に我に返ったというような反応をする王女。

 後に椅子から立ち上がり、窓の外を見る。


 「妾は……。明確にでは無いが、妾を”導いてくれる可能性がある者”じゃと聞いておった。その意味は今も理解出来ておらん。……じゃが、やはり……おぬしを指名したのは叔父様という事なのじゃろう……」


 悲しそうに、窓の外を見つめながら王女は語った。


 「アルレ様……?」

 「覚悟はしておったつもりじゃった……。どんな事情があるのかは知らんが……。やはり、妾の元を去るのか……?」


 王女は憂いを抱いた瞳で僕を見る。


 ……王女が何を言っているのか全く分からない。

 いや、確かそんな事を言っていた気はしたが。

 ただ、今の僕には王女の言葉も、アルシェット様の言葉も意味が分からな過ぎてそれどころでは無い。


 「いえ……」

 「憐れんでおるのか?」


 深刻な感じで訊ねられると、やりづらいなぁ。

 ただ、正直に言う以外はないか。


 「えっと……そうではなく……。お恥ずかしながら、まったく話が見えないからです」

 「はっ?」


 王女は怪訝な表情で僕を見る。


 「いえ、本当に……。むしろ、アルレ様が僕にその話をすると、どうして僕が従者を辞めると思ったんですか?他にも何かアルシェット様から聞いているんですか?」


 僕の質問に王女は悩む。


 「いや……。何も聞いておらん。ただ、叔父様がそう言っておっただけで……。叔父様の死や、指名したという事実が関係するものかと思っておったのじゃが」


 真剣に悩んでいる様子を見ると、嘘を吐いているとも思えない。



 「僭越ながら、私はアルレ様の元を離れるつもりは御座いません。もしそれが、アルシェット様の命令だったとしても……」


 ミレイが唐突に発言した。


 それはどういう意味だ?

 ミレイはアルシェット様の指示でアルレ様の傍に居るのではないのか?

 単に場を取り繕う為の方便か?


 「どういう事じゃ……?……まったく分からん」


 王女は困惑する。

 だが、それは僕も同じだ。


 「あの……。何というか……。本当に僕は何も知らないのです。アルシェット様の事も、その意志も……。なので、それを聞いたところで、アルレ様から離れる事には繋がらないのです」

 「じゃが……では、なぜ叔父様はそんな事を言ったのじゃ?よもや、何の根拠も無いとは思えんじゃろう?ミレイの件も妾は知らんかったし……」

 「まぁ、ミレイの話を聞けば疑う気持ちも分かります……。だからこそ、アルシェット様は自身の事を話すなと言ったのかもしれませんね。ただそれは、僕等に対してでは無くアルレ様への忠告だったのかもしれません」

 「どういう事じゃ?」


 ここからは僕の空想。

 単なる詭弁だ。

 だが、この不可解で不穏な状況を収める為に、何らかの”落としどころ”を創らなくてはいけない。


 「アルレ様が、僕等を”アルシェット様の用意した駒”だと思い込む事で、自ら距離を置くという事に対してです。残念ながら、僕にはアルレ様を納得させられるだけの証拠はありません。だからこそ、アルレ様が僕等を信じられなくなる事をアルシェット様は危惧していたのではないでしょうか?」


 ミレイが余計な事を言わなければ、こんなややこしい事にならなかったのに……と、思ったところで気が付いた。

 ミレイが余計な事を言わなければ、この話はもっと簡潔に、そして消化不良な形で終わり、より疑心暗鬼を生んだのかもしれないと……。


 ミレイの告白により、王女は全てがアルシェット様の仕込みだと思い込んだ。

 思い込んだからこそ、アルシェット様の言葉を確信に変えた。

 結果、関係性を全て壊す覚悟をした……。

 勝手に納得し、諦めたのだ。


 つまり王女は今まで、その疑念と不安を抱えたまま僕等と接していたのだと思う。

 大切に思っているからこそ、何も語らないようにしていたのは先日の発言で理解している。

 ならば、もし、ミレイの発言が無く、何も知らない僕の反応だけを見ていたのならば、先に語ったような話をしただろうか?

 核心に触れぬよう”死”の事実を伝えるくらいで終わっていたのかもしれない。


 深読みなのかもしれないが、ミレイは王女を”そういう気”に追い込む為に先に告白したのかもしれない。

 根拠は無い。

 ただ、今までの献身的な態度を見てきて、あからさまに王女が落ち込むであろうと推測できる発言をした事に違和感を覚えたのだ。

 そのくらいは僕もミレイを信用している

 なら、そこに乗っかるとしよう。


 色々と疑問は残っているが、ひとまず今は、どう王女を納得させるか……を考えるとしよう。

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