第64話


 僕とミレイ、そして王女はいつものように王女の部屋に集まっていた。

 だが、今日は普段のようなユルい雰囲気ではない。

 先日、王女が言った『アルシェット様について話をする』という事が原因である。


 王女は真剣な表情で椅子に腰かけている。

 ミレイも心なしか表情が硬い気がする。

 僕も緊張は隠せない。



 「さて、何から話すとするか……」


 王女は顎に手を当て考える。



 「アルレ様。誠に申し訳御座いませんが、先に私から話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 ミレイは一歩前に足を踏み出す。

 普段、率先して意見を言う事のないミレイが……?


 「何じゃ?」

 「実は……。私はアルシェット様から、アルレ様に仕えるよう命じられていました」


 唐突に語られた驚愕の事実に、僕も王女も絶句した。

 出だしで悩んでいた王女を差し置いて一気に核心に迫る話を出してきたのだ、当然の反応である。

 無関係である可能性は低いと思っていたが、まさかいきなり、そんなド直球が来るとは……。

 そして、その反応を見る限り、王女も知らなかったのだろう。



 「どういうことじゃっ!?」


 動揺している王女はミレイに怒鳴る様に訊ねた。


 「はい。御存知の通り、私はエルフの村を出され、奴隷商に引き渡されました。後に紆余曲折を経て、アルシェット様に引き取られる事になったのです。そして暫くお世話になり、前述の指示を受け王城へ奉公に出されました」

 「叔父様に引き取られたじゃとっ!?」


 王女は再び驚く。


 「はい、救って頂いたと言っても過言ではありません。恩義は感じております……。そして、アルレ様を『救ってくれ』と頼まれました」


 淡々と語るミレイ。


 僕もかなり動揺しているが、少し冷静に整理してみよう。


 ミレイはアルシェット様に引き取られた。

 そのアルシェット様にアルレ様を救う?よう命じられて城へきた。

 そして城内でメイドさんとして働いていた……。


 いやいや、おかしいだろう?

 それなら何故、アルレ様の従者に推薦されていないのだ?

 ミレイを従者(補佐)として指名したのは僕だ。

 別に従者でなくても良かったという事なのか?

 もし僕との順番が逆であったのならば、まだ少しは合点がいったのだが……。

 ひょっとすると、僕は何か余計な事をしてしまったのだろうか?


 なんだか全てが噛み合いそうで噛み合わない。



 「……そう……か」


 先程までの勢いとは裏腹に、大人しく頷く王女。

 その表情は暗い。

 何か思い当たる事でもあるのだろうか?



 「あの、すみません。結局、僕とアルシェット様の接点が見えてこないのですが……?」


 取り敢えず話を戻そうと、僕は小さく手を挙げて質問をした。


 「おぬしは……本当に叔父様の事を知らんというのか?」


 王女は暗い表情のまま、疑うよう僕に尋ねた。


 「えっ?はい」

 「嘘は吐かんで良い。……妾もそんな事だろうとは思っておったのじゃ」

 「はっ?」


 王女は俯いて語る。


 「全ては妾が孤立せぬよう、叔父様が計らってくれたのじゃろう?とな……。……怒ってはおらぬ。そう考えると、セルムの事は遺言であったのかもしれんな」


 言っている事はよく分からないが、王女の考えている事は何となく分かった。

 ミレイの言葉を真に受ければ、そう考えるのも理解出来る。

 落ち込む理由も……。


 だが違う。色々と違うのだ。

 王女を落胆させたいわけでは無いし、僕が知りたい事も違う。

 もしかしたらこれは、ミレイに先回りされてその意図を封じられたのか?


 ――て、あれっ?……遺言?って?


 「……もしかして、アルシェット様はお亡くなりになっているのですか?」


 僕は驚きながら訊ねた。


 「……まだ演技を続けるつもりなのか?」


 王女は乾いた目で僕を見る。

 あー、このままでは一向に話が進まない。


 「あの、すみません。もし僕が、アルシェット様の指示で動いているというなら、なんでわざわざその話を聞き出そうとするのですか?おかしいでしょう?聞きさえしなければそんな疑念は生まれないのに……。ただ、どう繕っても信じて貰えないのならば、もう、それはそれで良いです。勝手に質問します。アルシェット様はお亡くなりになられているのですか?」


 やや苛立ちながら質問する僕を見て、王女は驚いた様子で目を丸くしていた。


 「本当に……何も知らんのか?」

 「知りませんよっ!!アルシェット様の生死も、どんな方なのかも!!そして、僕がどうして従者なんかやってるのかも!」


 王女は変わらぬ表情で僕を見る。


 「何故じゃ?お主も命令されただけであろう?どうしてそんな嘘を吐くのじゃ!?」

 「嘘じゃないですよっ!!何でもいいから、教えて下さい。アルシェット様は死んでるんですか!?」


 完全に怒ってしまった。

 大人気なかったとは思う。

 だが、こんな禅問答は続けたくないのだ。


 王女は呆気に取られた様子で、阿保面のまま小声で答える。


 「……なぜ?何も知らぬお主が、ここにおる?」

 「知りませんよ、それを知りたいから、今ここに居るんです」


 その言葉を聞いた王女は言葉を失う。



 「アルレ様。このままでは埒があきません。真意はどうであれ、先ずはご回答を」


 ややこしくした張本人であるミレイは淡々と進言する。

 その言葉を聞いた王女は、ふと我に返ったとばかりに表情を真剣なモノに戻した。


 「う……うむ。……そうじゃ。叔父様は五年程前に亡くなられておる」

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