第63話
翌日、いつもの通り王女の部屋に出勤した。
王女は椅子に座っていたが、ミレイの姿は見当たらない。
いつもなら僕より先にいる筈だが……。
「ミレイはどうしたんですか?」
「ああ、今日は休みを欲しいとの事じゃ」
「……そうですか」
好都合ではある。
しかし、ミレイは偶に僕に報告も無く休みを取るが、いったい何をしているのだろうか?
私生活が想像出来ない。
いや、それこそ余計なお世話か。
というか、休みが少なすぎる気も……。
「では、早速。小説の進行についてじゃが……」
「すみません。その前に僕から一つ質問させて貰っても良いですか?」
僕は真剣な表情で発言した。
「なんじゃ?急に」
「すみません。ただ、重要な話です」
怪訝な表情を浮かべ、王女はたじろぐ。
「……あまり、聞きたくは無い気も……」
「それが王女の命令であるならば、これ以上は訊きません」
「いや、待て待てっ……。分かった。話してみよ」
渋々といった様子で頷く王女。
静まる室内。
僕は大きく深呼吸をして、覚悟を決める。
「……実は、ガウェン様からアルシェット様の事をお聞きしました」
「……何を……聞いたのじゃ?」
王女は表情を顰める。
「ガウェン様はアルシェット様から”アルレ様が僕を連れてきた際には出来る限り協力しろ”と伝えられていたそうです。僕が従者になるずっと前から」
「ほっ、ほう?」
王女の表情が胡散臭い。
何か隠している事は間違いないだろう……というのは以前から分かっていた事か。
「すみません。こちらからは聞かないと言う約束でしたが、やはりどうしても気になります。アルシェット様の指示で僕を従者に選んだのですか?」
僕は王女の目を真剣に見る。
王女は目線を逸らし、俯き黙り込む。
この場合、沈黙は肯定だろう。
「……確かにセルムの名を聞いてはおった。……じゃが、違う」
王女は小さな声で答えた。
「何が違うのですか?」
「叔父様に言われたから決めたのではない……。決めたのは妾の意志じゃ!」
何故か、やや怒るように語り掛けてくる王女。
「アルシェット様から何と言われていたのですか?」
「……セルムが従者候補として現れた場合、取り敢えず傍に置いてみて、信用出来る者か判断しろと……その上で自分で決めろと……。それは嘘ではない」
やはり、話は通っていたか。
残る疑問は、何故僕を指名したのか?僕との接点は何なのか?という事だ。
王女は何も知らない可能性も高いが少し探ってみるか?
その前に――
「アルレ様を責めるつもりはありません。気になっていただけです。ただ、何故今まで隠すような事を?」
自分から聞かないと言ったのだが、それは王女の明らかに語り辛そうな雰囲気を察したからこそである。
別に秘密にするほどの事では無いとも思えたので、そこが気になった。
「……叔父様は、自身がセルムを手引きした事を伝えぬ方が良いと言っておった。それを知れば、セルムは離れていく可能性があると……」
俯き、辛そうに話す王女。
何故そんな話になる?それはどういう意味なのだ?
しかも、ガウェン様には自身の存在を明かすような言伝を残しておいて、王女には黙っていろとは?
駄目だ、意味が分からない。
ただ、王女が言い出せなかった理由を聞き、いたたまれない気分にはなった。
「それを聞いたくらいで従者を辞めませんよ。そんな簡単に辞められるなら、もっと早くに辞めてましたし」
僕は王女を宥めるように優しく言った。
「……やはり妾の従者は嫌なのか?」
王女は不安そうに訊ねてくる。
「今はそんな事思ってませんよ。本当に嫌だったら、どんな厳罰を受けても僕は辞めてますから」
「厳罰が怖いから続けておるのか……?」
尚も不安そうな王女。
確かに僕の言い方が悪かったとは思う。
だが、王女の卑屈な態度に、少し苛ついてしまった。
何故王女がその部分にそこまでの不安を感じるかが謎だ。
「だからっ!そういう話では無くっ!!前にも言いましたが、今はアルレ様もミレイも家族のように感じています。そこに嘘はありません!!」
「本当か?」
「本当ですっ!!」
力強く断言する僕を見て、王女は少し安堵の表情を浮かべた。
こうなってしまうと、アルシェット様と僕との関係性について言及し辛いな……。
「そうか…………。うむ。やはり、叔父様の事について少し話しておくべきかもしれん……」
半ば諦めかけていた話題に王女の方から戻ってきてくれた。
「それはどのような?」
僕は気を遣い静かに尋ねた。
「それについてはミレイも同席の方が良い」
真剣な表情で答える王女。
「一応聞いておきますが、何故?」
「当然、ミレイも関係あるからじゃ。今こそ、叔父様からの言葉を伝えるべき時じゃと判断した」
「……分かりました」
やはりミレイも関係あるのかと納得し、静かに頷いた。
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