第62話
「で、小説の執筆は進んだのか?」
王女は、部屋に着くなり訊ねてくる。
「ええ、こちらです」
僕は原稿本を手渡す。
「何じゃ、出来ておるのか?先の様子をみてやや不安になっておったが……。読むから待っておれ」
王女は原稿を受け取る。
「すみません。少し疲れました。意見を聞くのは明日でも良いですか?」
疲れ以上に考えが纏まらぬ僕は時間を稼ぎたかった。
「まぁ、そう言うならば……。特にやる事もないしのう」
不服そうな様子ながらも、頷く王女。
「セルム様もお疲れの様子です。それがよろしいかと」
珍しく、ミレイが僕を労う言葉を発した。
僕の様子に何かを察したのかもしれない。
ミレイは実際、全てに無関心のようで、誰よりも周囲を見ている気がする。
いや……自意識過剰な推測なのかもしれないが、周囲と言うよりも僕と王女に対し、特に注意を向けている気がする。
ガウェン様の話を聞いた以上、ミレイもアルシェット様と何かしら関係がある可能性は高い。
それが悪いという話では無いのだが、今の僕の心境としては全てが操られているようで心地の良いものでは無い。
そうは思いながらも、その話を切り出す勇気も今はまだ無い。
「では、今日は失礼させて頂きます」
王女とミレイに頭を下げ、部屋を後にしようとする僕。
「うむ」
本を開き、こちらを見ずに答える王女。
ミレイは無言で頭を下げた。
「それでは、また明日」
そう言って、まるで逃げるかのように、僕は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
自宅のベッドで横になりながら考えていた。
アルシェット様が何かしら仕組んでいた場合、いったい何時から?
従者に任命された所から?もしかすると事件すらも?
それどころか、もっと前……軍に入った事も?更には、魔術大習院に落ちたことも?
何の為に……?
確証を得ない推論ばかりが頭を巡る。
これまでに築いてきた人間関係、行動、果ては生い立ちまで、全て仕組まれたモノではないかと疑い始めた。
分からない。
分かる筈も無い。
そもそもアルシェット様とは何者なのだ?本当に会った事はあるのか?
そんな誰かも分からぬ人物の考えなど理解出来る筈が無い……。
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