第21話


 勇者騒ぎから帰還し二日が経った。


 今日は帰還後初の出勤日。

 休みの間、僕なりに色々なシュミレーションしてみたが、どうにも考えが纏まらない。

 結論は”出たとこ勝負”と腹を括った筈なのだが、なかなかに憂鬱ではある。


 王女の部屋の前に着き、いつもの様にドアをノックする。

 応答は無いが、ドアは自動で開いた。

 ドアを開けたのはミレイだ。

 「おはようございます」と、声を掛けて中に入ると、王女はこちらに目を合わせる事無く、窓の外を見ていた。


 やはり怒っているのだろうか?


 無理も無いか、いくら親しく会話するよう命ぜられていたとは言え、主従関係は存在する。

 あの物言いでは機嫌を損ねてもおかしくない。

 理解して貰える事を期待していたが、王女はまだ子供だ。難しかったかもしれない。


 「あの……今日は何をすればよろしいですか?」


 機嫌を伺うように尋ねたが、王女から返答は無く、窓の外を見つめたままだ。

 これは相当怒っているに違いない。


 いよいよクビか……?それで済めばまだ良いが……。

 元よりこの仕事に執着するつもりは無かった。

 そうなればそうなったで、願ったり叶ったりの筈だろ?

 そんな事を考えながら、重苦しい空気の中、手持ち無沙汰なので部屋の掃除を始める。

 ミレイは黙って立ったまま。



 一、二時間程、無言の空間で掃除を続けた。流石にやる事が無くなり、一息吐いた。

 やはり王女はだんまりだ。


 いつもは無駄にギャーギャーうるさいのに、こうも黙られるとやり辛い。

 とにかく話をしないことには始まらないのだ。


 何か会話の切欠を作ろうかと考えた際に、真っ先に謝罪という考えが頭を過ぎった。

 当然、考えていた策の中にもあったし最有力かとも思っていた。

 だが、抵抗があった為、極力実行したくは無かった。


 あの時の発言には嘘も悪意も無かったからだ。僕は間違っていない。

 王女や、ミレイの身を案じた上での発言。

 その発言の、どこに謝罪すれば良いのか分からない。

 本心の篭っていない上辺だけの言葉など発したくなかったのだ。


 何よりそういった態度により、王女を間違った方向へ導く事も懸念した。

 だが、流石にここは大人の僕が折れなくてはいけない場面かとも考えていた。

 発言の真意では無く、立場を蔑ろにして感情的に説教してしまった事への謝罪という事で自身を納得させようと……。

 やはり勘違いされそうで気は乗らないが……。


 意を決し、王女に話し掛ける。


 「あの、アルレ様?」「のう、セルム」


 話し掛けた僕とシンクロし、王女が話し掛けてきた。


 「はい?」「何じゃ?」


 これまたシンクロして問い掛けあった。

 互いに一瞬動作が止まる。


 「アルレ様からどうぞ」

 「いや、お主から先に言え」


 再び互いに無言。



 「わかりました。この場は私が仕切らせていただきます」


 と、ミレイが会話に入ってきた。


 「あっ、ああ」

 「……うむ」


 僕は納得し、首を縦に振る。

 王女も同意の意を示した。


 「では、先ずはセルム様からどうぞ」


 ミレイは、僕に発言を促す。

 何故、僕からなのだ?


 「うん……。はい。先の一件での過ぎた態度、発言に対し謝罪させてください。……ただ、あの時の言葉は嘘偽りの無いものでもあります」


 そう言って、王女に深々と頭を下げた。


 「はい、では、アルレ様もよろしいですか?」


 僕の発言へのリアクションを待つでもなく、ミレイは王女に発言を促す。


 「へっ?あっ、うむ。……妾も今回の件では反省すべき点が多々あった。ミレイや、セルム、また他の兵達が無事であったからこそ、こんな事が言えるのじゃが、軽率であった。妾によってお主等が動いているのでは無く、妾の為にお主等が動いてくれておる事を認識した」


 王女は辛そうに言った。


 その言葉を聞いた僕は少し感動した。

 王女は僕が気付いて欲しかった事を理解してくれたのだと……。


 「そこを御理解頂ければ、僕は何も言う事はありません。解雇でも何でもして下さい」


 僕は満足し、穏やかに答えた。


 「何故、解雇の話が出てくるのじゃ?妾はお主等に感謝しておる。妾の我が儘によりお主等に負担を掛けている事を鑑みると、反省すべき点があるのは確かじゃ。むしろ此度の件、妾のせいで民への被害が増えてしまったのかもしれんと思うと……」


 王女は悲しげに俯く。


 確かにその事実は存在する。

 本当の悪は王女では無い。

 だが、拡大させてしまった可能性も否定できない。

 無視してはいけない事。

 そして、僕が言葉に出来なかった事。

 だが……


 「……では、もしそうだとして、アルレ様はそれをどう償うのですか?」


 僕は王女に問う。


 「……そ、それは」

 「死者を蘇らせる事が出来るのですか?傷を癒せるのですか?代わりに死ねるのですか?」


 王女は俯き黙る。

 その様子を目の当たりにしながらも、僕は続けた――


 「こんな事は絶対に、絶対に口にしたくない言葉ですし、少しも正しいとは思ってはいません。ですが、誠に残念な事に命は……いえ、その命が周囲に及ぼす影響は……必ずしも平等では無いのです……」


 残酷で厳しい言葉ではあると理解しているからこそ、言いたくなかった。


 「んっ……」


 王女は気圧されるように固唾を呑む。


 「もし、今回の件で王女が命を落とされるような事があったのなら、人族との本格的な戦争が始まったかも知れません。そうなれば自ずと多くの血が流れ、結果、多くの命が失われます。命に格差を付けたくはありませんが、皆同様にとはいかないのです。そして、気の毒だとは思いますが、貴方はそういった重責を背負い生きている。その事は十分に理解しておいて下さい」



 「……うむ」


 苦しそうな表情で、弱々しく頷く王女。



 「お互いの膿は出し切りましたか?」


 ミレイが冷静に場を取り仕切る。


 「あっ、ああ」

 「……うむ」


 僕も王女も頷いた。



 「では、最後に私から」


 そう言うと、ミレイは静かに王女の前へ歩みよる。


 次の瞬間――

 ミレイは王女の頬を平手打ちした。


 我が目を疑う光景に、僕は茫然とした。


 そして、ミレイは王女に冷たい目線を向ける。


 「私は言った筈です。絶対に来てはいけないと。私達で何とかすると。それなのに……どれだけ肝を冷やしたか……」


 肝を冷やす?他の者ならいざ知らず、ミレイがだ。

 流石に王女も呆けて目を丸くしている、叩かれた事に気が付いているのだろうか?。


 そんな王女の頭を抱える様に、ミレイは抱き着いた。


 僕は理解が追い付いていない。


 「なっ!!?」

 「大概はセルム様が代弁してくれましたが、私も心配したという事です」


 その後皆、暫し沈黙した。




 「……すまなかった。妾が……悪かった」


 王女は涙声で謝罪する。


 何だか良い所を全てミレイに持っていかれてしまったが、悪い気はしなかった。

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