第18話


 何とか騎竜を操り?指定された場所に到着した。

 出発から10分程度か?

 連絡を貰ってからは30分程。

 数時間に思えるほど長く感じた恐怖の時間だった。


 騎竜にしがみついている態勢になっている事は致し方ない。

 膝が震えて、地面に降り立つ事も出来ない。

 別の移動方法を選択すれば良かったと後悔していた。


 「セルム様。お早いご到着で」


 ミレイは焦る様子も無く現れる。無表情で。

 実は”遅い!”と言いたい……言っているのかもしれない。


 「ああ。で、勇者は?」


 いつもと変わらぬ様子のミレイに、僕も上半身だけ何とか起こし、平静を装った。

 そんな場面では無いのだが、小刻みに震えている膝を誤魔化す事に集中してしまった。


 「えぇ、周辺の異常に気付き、転々と逃げ回っていた勇者達はあの小屋に潜伏しています」


 ミレイが小屋を指差す。


 この辺りは居住区では無い為、人目が少ない。

 夜間捜索隊との交代で手薄になったところを見計らい、ここに来たのだろう。


 「その言い方だと、もっと早く勇者を見つけてたの?」

 「はい。ただ、なかなか一つの場所に留まらなかったので、報告しかねていました」

 「……おっ、おう」


 ミレイの底が計り知れない。



 「おぉ、セルムも到着したか。遅いぞ」


 背後からの声を掛けられ、振り向き驚愕した。


 「……何で!?……居るんですか?」

 「早いじゃろう?ミレイには座標通知魔道具を仕込んでおいたからのぉ」


 ドヤ顔で現れる王女。

 王女の姿を見た瞬間、ミレイも顔を顰めた様に見えた。


 「そうじゃなくて……どうして、こんな所に居るんですか?」

 「証人は必要じゃろう?」

 「警護の方達は?」

 「ちょっと、屋敷の者を利用して外出してのぉ。そのまま抜け出してきたわ」


 けらけらと笑う王女。


 その姿を見た僕は、怒りが込み上げてきた。


 王女がそうしたがる事は予測できたが、事がここまで大きくなった以上は難しい思っていた為、油断していた。

 流石に、そんな身勝手な行動に出るほど馬鹿ではないと思っていたのだ。


 「いい加減にしてくださいっ!遊びじゃないんですよ!!もし貴方に何かあったらどうするんですか!?僕等だけでなくリオン様や軍の者達にまで責任が及ぶんです!もう少し考えてから行動してくださいっ!!」


 立場や状況を忘れ、厳しい口調で叱責した。

 無礼ではあるが、感情を抑えられなかったのだ。

 当然、王女の身を案じての発言ではある。


 真剣な表情の僕を見て、王女は驚いた表情に変わる。


 「……じゃが……妾は……セルムを認めさせたくて……」

 「そんな事はどうでも良い事です!!貴方の我が儘により、多くの兵が駆り出されています。何の為に彼等が奔走しているのかを少しは自覚して下さい!!それに、ミレイの単独行動の事もそうです。もし、ミレイに万が一の事があったらどうするつもりだったんですか!?」


 まだ子供の王女には厳しい事だとは思ったが、権力を持つ者が、その力が何の上で成り立っているのか?という事を忘れて欲しくなかった。

 対応の遅延により拡大した被害の詳細を伝えるのが、より効果的かとも思ったが、流石にそれは酷だと考え、口には出さなかった。

 だが、本当は知っておいて貰いたいし、知らなくてはいけない事だ。

 そういった事を誰かが教えなくてはいけない。

 処罰を受けるかも?ということも、少しは頭を過ぎったが、理解してくれるという信頼をした上での発言だ。


 王女は俯き暫く沈黙した後――


 「……妾は……妾は……良かれと思って……」


 俯いたまま、声を震わせ泣き始める王女。


 その姿に心が痛みもしたが、ここは甘やかす場面ではない。

 王女に、痛みの分からない者にはなって欲しく無いのだ。

 だが、好奇心だけでなく僕の事を想っての部分が少なからずあるという事を聞いてしまうと、少し責めづらい。


 感情的になったからか、震えていた膝が回復し、しがみついていた騎竜から降りて、王女に近付く。


 「僕の事を気遣ってくれた事には感謝しています。ただ、それが原因でアルレ様に何かあっては本末転倒なのです。僕等は貴方の為に戦っているんですよ?その事は良く考えて下さい」


 僕は、俯く王女の頭に優しくそっと手を置いた。


 「セルム様!!」


 ミレイが、緊迫した様子で声を掛けてきた。


 ミレイの視線の先に目をやると、数名の人影が走って行くのが確認できた。


 迂闊だった。

 王女とのやり取りで、大声を出してしまった為、潜伏していた勇者達に気付かれたのだ。


 襲い掛かってくるかと思ったが、彼等も馬鹿ではないようだ。

 まぁ、当然か。

 昼間の異常な警備を知っているのだ、戦って囲まれるよりは逃げる事を選択するだろう。

 僕個人としては目立つ行動を避けたいため、この場は逃げて貰っても構わないのだが、王女達の目もあるし、ただ見逃すのは流石にまずいか。

 くそっ、ウォレン達はまだか!


 「セルム様、追いかけますか?」


 ミレイが問い掛けてくる。

 ああ、面倒だ。


 「あー……いいよ。僕がやる」


 そう言った後、勇者達の方を向き、やや力を貯めて右手を払う仕草をする。


 逃げる勇者達の付近で突然、極小規模の爆発が起こる。

 極小規模とはいえ、人族数人を弾き飛ばすには十分。

 理不尽且つ、不自然に弾き飛ばされ、建物の壁に強く叩きつけられる勇者達。



 僕が魔術を使ったのだ。

 実は僕、魔術もとい魔力にだけは少し自信があるんです。


 今は極力目立たないようにしているが、どういう訳か生まれつき魔力が異常に強い。

 とはいえ、魔力とはあくまで根本的な力でしかなく、魔術という魔力を効率良く機能させる技術が未熟であり、その力を十分に活かしきれてはいない。

 魔術の勉強もしていたが、術に関しては特殊な機関で十分な知識を習得しない限りは、すぐに頭打ちになる。

 幼少期は全く魔術が使えず、そこまでの魔力があるとも知らなかった。

 少年期に少しだけ”ある人物”に手ほどきを受け、そこから魔術が使える様になり、自身の持つ魔力の大きさに気が付いたのだ。

 そこから興味を持ち勉強も努力もしたが、結果として魔術の研鑽は断念する事となった。



 ……さて、勇者達も死んではいないだろう。

 ちゃんと手加減もしたし。

 立ち上がらない者が四人と、苦しそうに呻きながらも立ち上がろうとする者が二人。



 「おっ、始まってんのか……っえ!!っアルレ様!!?何でこんな所に!」


 声の方を向くと騎竜に乗ったウォレンが驚いていた。


 「遅いよ。で、一連の流れについては後で説明する。取り合えず、あいつ等を捕まえちゃってよ」

 「えっと……えっ、あぁ、そうする。おぉっ!?もう片付いてんのか?」

 「あぁ、仕方なくね」


 僕はだるそうに答えた。


 「んだよ、心配するまでも無かったって事か」


 ウォレンはそう言うと、意識の残った二人へ近づく。

 勇者二人は抵抗していたが、難なく捕獲された。


 かくしてなんとも微妙な幕切れで、勇者捕獲作戦は終結した。

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