第16話


 勇者捕獲作戦が開始された。


 ガルブ到着から中一日。

 中央軍は仮拠点の準備を終え、本格的に動き出す。

 とはいえ、兵の士気はいまひとつ。

 500を超える兵を投入し、捕獲対象は人族5名程度。

 やる気が起きないのも頷ける。

 普通なら中央軍を出すほどの案件ではないのだ。

 どこかの誰かさんが余計な事を言い出したせいで、取るに足らない些細な事件が大事件になってしまった。

 更には、領自治軍へ中央軍の到着を待つように通達があった為、対応が遅れ被害が拡大したとも聞いている。

 僕のせいでは無いとはいえ、罪の意識に心が痛む。

 王女はそういう事を理解しているのだろうか?


 これでもし、勇者達が既に国外逃亡でもしていて捉えられなかったとなれば、軍の恥であるし、責任が生じる問題でもある。

 国民や兵の不満は募るだろう。

 更に指揮系統には、王女が秘密裏に勇者との邂逅を望んでいるという噂も流れていて、頭を悩ませているとの事だ。

 色々と妙な緊張感が漂っている。


 だが、今回の件で改めて、人族の冒険譚がいかに実現不可能なものかを理解した。

 数で圧倒され、狙い撃ちされれば、小規模パーティーが活躍するなど在り得ない話だ。


 ……と、考えたのだが、その考えは少しだけ改める事となった。



 作戦内容は、被害状況や目撃情報を元に推測した、捜索範囲を数箇所に区切り、兵を分割投入して捜索するという単純な人海戦術。

 しかし、分散させるとなると新たな危惧が生まれる。


 一つに、推測された捜索範囲が主都オエステに隣接した都市マアラブ近郊。

 これがまた、かなり広い。

 その範囲を分散させるとすると、1グループは敵と同数程度となってしまう。

 突発的な遭遇では数的有利が無くなってしまうのだ。


 何故そんな事態になってしまったかといえば、中央軍がガルブ自治軍へ待機命令を出していたからだ。

 更に、勇者の”掃討”では無く”捕獲”が優先されている為、先ずは逃がさぬよう、広範囲での防衛線を張らざる負えなくなってしまった。

 結果として、勇者は見つからず。

 原因は王女の発言でしかない。


 そして王子・王女の護衛には100程の兵を裂く事となり、実働人員がより減った。


 指令側も難局を理解したのか、ガルブ自治軍に加勢を要請し、兵の数は1000を超える事となった。



 そんな状況の中、僕は最も潜伏率が高いと推測されている区画に配属されることとなった。

 これは王女の指示だ。

 前日に王女から対象区画の地図を渡された。


 一応、その地図を参照し、地理を把握しながら、今まさに散策中。

 区画内の小さな集落で情報収集を行っている。


 地図には格子状の線が引かれ、座標で位置が分かるようになっている。

 手書きである事を見ると、王女のお手製か?

 集中力は無いくせに、不思議とこういった細かい作業を好むのが謎だ。


 そうこうしていると通信魔道具が鳴動する。


 「はい、セルムです」

 『ふむ、区画内の確認は済んだか?』

 「まだ途中ですよ。というか、先に見つけるなんて難しいんじゃないですか?」


 王女の作戦は至って単純。

 軍よりも先に僕かミレイが勇者達を発見して僕が捕獲するという、策とは言えない作戦。


 『その為にミレイを軍よりも一日早く動かせておる。ミレイならば必ず遂行するであろう』


 王女のミレイに対する信頼の根拠は不明だが、やけに自信たっぷりだ。

 あぁ、それは、いつも通りか。

 しかし前述の通り、1000の軍勢をもって可能かどうかという事を、一人で成し遂げろというのは流石に無茶ではないか?

 この件でミレイが攻められる事があるならば、僕は庇おうと思う。

 ミレイは単に雑事能力に長けた、魔人とエルフのハーフの少女……の筈だ。


 「そうですか。でも、ミレイに伝えておいて下さい。もし、見つけたとしても絶対に手を出さないようにと。人族とはいえ、既に被害を出している者達です、油断は出来ません」


 偶然という事も考慮し、忠告をしておいた。

 民間魔人を相手にしてきたとは言え、勇者達は魔人に被害を出している。

 少数という事で軍も侮っているが、実は危険という可能性もあるのだ。


 『ふむ、ミレイにも深追いせぬよう言ってある。それに、連絡してから動くようにもな。じゃからお主も、妾からの連絡が入ったら迅速に動けるように準備しておくのじゃ』

 「分かりました。では、捜索に戻りますね」

 『うむ』


 そこで通信は切れた。


 正直、ミレイが軍よりも先に勇者を見つけ出すとは思っていないが、万が一そうなった場合の保険も用意してある。

 先日、ウォレンに頼んでおいたのがそれだ。


 もし、王女から勇者発見の連絡が入った場合は秘密裏にウォレンへ報告し、軍に向かって貰うように口裏を合わせてある。

 最初から僕が勇者を捕らえる気など、まったく無いのだ。

 ウォレンも、多少なりとも功を立てられ、損をする話ではない。

 そして一応、王女への言い訳も考えてある。

 ミレイに危害が及ばなければ、全て丸く収まるはずだ。

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