第4話
「う〜む……」
「もう一週間ですよ。書きたいものが無いなら無理して書かなくてもいいんじゃないですか?」
豪華な椅子に腰掛けたまま考え込んでいる王女に向かって僕は言った。
王女が小説を書くと言い出してから一週間。
就業中、ずっと机に就きペンを持たされている。
だが、そのペンが与えられた役割を果たす気配は一向に無い。
なぜなら書き始めが思いつかないないのだ。
すぐに飽きると思っていたが、まさか始まりすらしないとは……。
ミレイに僕の分の仕事もこなして貰っているのだが、元々そんなに仕事は無い。
背後で僕が逃げ出さぬよう監視するのがミレイの主な仕事になりつつある。
「何を言っておる!ここまでやったのじゃぞ?勿体ないでは無いか」
「ここまでやったって……。何もして無いじゃないですか!」
「構想を練った。お主も案を出したではないか。もったいないじゃろ」
この一週間、仕方なく小説の構想に付き合ってきた。
出てきた構想の一部を箇条書きさせてもらう。
・敵は魔人族でも人族でもない架空の存在。
・主人公は魔人の少年。
・主人公は旅に出て、紆余曲折を経て魔人だけでなく人族の仲間も作っていく。
・主人公達を中心に魔人族・人族の国同士が協力し、強大な敵を打ち倒して平和が訪れる。
と、いったものだ。
かなり適当で稚拙、そしてベタ。素人が適当に考えるものなどその程度だ。
だが、それはそれでいい。いや、むしろそれが良い。
単純明快にして感動的。
こういう話は個人的には好きだった……あくまで過去の話。
実は僕も、幼少期〜少年期に人族の冒険譚を隠れて読んでいた。その頃は比較的簡単に入手できたからだ。
小説作成に非協力的な態度を取りながらも、内心では少しだけ楽しんでいたのも否定できない。
それは単に妄想話をしているだけだからこそ楽しいのであって、形にするとなれば話は別。
小説にするには、空想を順序立てて分かり易く組み立てる構成力と、臨場感や心情等も伝える事の出来る文章力が必要。
それなりに学業には真面目に取り組んできたつもりの僕だが、それとこれとは全く別の話。
僕にそんな才は無い。
「やっぱり止めましょうよ。他にもっと世界平和に貢献できる事があるんじゃ無いですかね?」
「いや駄目じゃ!」
「何故、小説に拘るのですか?」
「妾が好きだからじゃ。だから、作りたいのじゃ」
「……ああ、そうですか」
僕はうな垂れながら答えた。
その情熱があるなら自分で書けよ!と、言いたくなったが、流石にそれは無礼なので止めておいた。
「ならばこそ、話の大筋は決まったんですから、取敢えず適当に始めて見ればいいじゃないですか。何に悩んでるんですか?」
「主人公が決まらん。どういった人物で、何を考えて動くのか……モデルでもいれば良いのじゃが……」
王女は何か思いついたように目を見開く。
「……どうしたんですか?」
「主人公はお主じゃセルム。人族の容姿をした魔人!」
王女は勢いよく立ち上がり、僕を指差す。
多少はコンプレックスとなっている部分を指摘され、心境はやや微妙。
「本気ですか……?」
「うむ、名はパルム。容姿により魔人に溶け込めず、故郷を追放され旅に出る設定じゃ。お主自身じゃし書きやすいじゃろ?」
中々に酷い。設定自体は悪くないかもしれないが、僕に対しての心遣いが足りない気がする。
ともかく、王女の中で主人公のモデルが決まってしまったようだ。
主人公のモデルが自分の空想冒険譚。
痛々しくて、筆が進みそうにない……。
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