第3話


 僕は買出しを終え、アルレ王女の部屋に戻る。


 「遅くなりました。お気に入りの発泡飲料が売ってなくて」

 「ああ?もうよいわ。ミレイが予備を用意しておいてくれたのでな」


 王女の部屋に無表情で静かに佇むメイド姿の少女はミレイ・アルロキア。

 僕と同じ王女の従者。

 一応、僕より後に入ったので部下にはあたる。

 とはいえ、そういった部分はほぼ感じないが……。


 「それなら途中で連絡して下さいよ」

 「予備はいくらあっても困らんからのぉ」


 菓子を頬張りながら、ご満悦の王女。


 「ミレイも先にアルレ様に伝えておいてくれれば良かったのに」

 「聞かれておりませんでしたので」


 僕の問いに、無表情のまま冷淡に答えるミレイ。


 「さて、皆集まった所で、今日は何をしようかのう?」


 王女は椅子に座り、退屈そうに言った。




 ここで人物の紹介を少し。


 先ずはアルレ・アデレード王女。

 この国の王、ヴォルグ・アデレードの次女。

 四人兄弟の末っ子。年齢は14歳。

 王女ということから、この国では王位継承権は無い。

 清楚でおしとやか、権力をひけらかす事も無く謙虚な姿勢、幼いながらにも高貴さを纏っていて、国民からも愛されている。

 人族とのハーフという魔人的には大きなハンデを背負っているにも関わらずだ。

 父親譲りの燃えるような緋い髪、母親譲りの漆黒の瞳と人肌色をやや薄くしたような透けるような肌。

 麗しい外見だけでなく、その立ち居振る舞いには凛とした芯の強さも感じさせている。

 熱狂的な信者も存在し、国民的アイドルというような存在だ。


 ……というのが表向きの王女。

 僕やミレイしかいない時には、その片鱗すらも感じさせない。

 言葉遣い、態度、どれをとっても公の場で見る彼女とは大きく違う。

 普段、一緒にいる僕ですら影武者説を疑う程だ。


 ベッドに寝転びながら、娯楽本を読み、だらしなく菓子を頬張り、腹を掻いている姿など、信者には想像する事も出来ないだろう。

 本性は我が儘で、打算的。自堕落で、そして飽きっぽい。

 思い付きの無茶振りに、僕とミレイ……いや、主に僕が日々振り回されている。


 僕の、とても王女相手とは思えないフランク過ぎる口調や態度は全て王女の希望で、命令だ。

 着任当初は戸惑ったが、今ではそれも慣れてしまった。



 次に、ミレイ・アルロキア。

 元は城内で働くメイドさんの一人であったが、ひょんな事から王女付きの従者になる事となった、

 自称15歳くらい、実際の年齢は不詳の少女。

 外見だけ見ると確かにアルレ王女と同じ歳くらいに見えるが、立ち居振る舞いからか、外見以上に大人びて見える時がある。

 整った目鼻立ち、人肌色と金色の髪、そして、やや尖った耳が特徴的である。

 彼女は魔人とエルフのハーフだそうだ。


 幼少期に奴隷商に引き取られ、どこぞの貴族に買われ、後に王族へ奉公に出されたらしい。

 出自等の詳細は僕だけでなく、王女すらも知らないという。

 敢えて詳しくは聞かないようにしているが、それなりに過酷な生涯を送って来たものだと思われる。

 その賜物か、雑事のスキルは相当に高い。

 無表情・無感動で淡々と業務や多少の無茶振りをこなしていく。

 感情表現が薄く、コミュニケーションは取り辛いが……。



 最後に僕だが、王女の従者に就けられて約1年。

 24歳。元は王国軍所属の軍人。

 軍では内政局という上級管理業務部署に配属されエリート街道を進んでいた……のだが。

 色々あって、今の状況だ。

 王女付きの従者といっても、大した権力や地位がある訳では無い。

 事実上、従者とは世話役の小間使いでしかない。



 「何をしようってアルレ様、少しは勉強してください。宿題はやったんですか?」

 「うるさいわ!あんなもの後でお主がやっておけ」

 「まったく……。やる事が無いなら自分でやって下さいよ。自分でやらなきゃ意味無いんですから」

 「や、やる事ならある!……う、うむ……そう、そうじゃな。ちょうど今日から壮大な計画に取り掛かろうと思っておったのじゃ」

 「へー」


 僕は王女を、疑わしい目で見る。


 「なんじゃその目は!まぁ聞け。読書家の妾が、ある筋を使い人族の文献を極秘に入手し、趣向を調査して常々気になっていた事なんじゃが……」


 高尚な事を言っている風の言葉を使い、得意気に語る王女。


 「はいはい、大手行商に匿名で注文して、わざわざ僕の家に送らせた人族の娯楽書を読んでどんな影響を受けたんですか?」

 「変な言い方をするな!……で、どうやら人族の冒険譚の殆どは、人族の中の選ばれし者達、勇者といったか?その者達が、魔王……そう、今の世で言うお父様を打倒するといった内容のようじゃ」


 そんな内容のものばかり数十冊が僕の家に送られてきた。

 届けに来た配送業者が不審な目で僕を見ていたのが印象深い。


 「……で、それがどうかしたんですか?」


 別に珍しくは無い。

 人族基準で書いているのだ、敵は魔王と相場は決まっている。

 逆に、魔人基準で書かれている小説では人族の蛮族(勇者と呼称されるらしい)を魔王が掃討する話が一般的。お互い様だ。

 その二つで大きく違うのは、人族の物語は主人公の多くが平民で、魔人は主人公が王様。

 この辺りが、魔人族の絶対王政を物語っている。

 それ故か、魔人内では小説があまり流行る事が無い。

 言ってしまえば、面白くないのだ。

 まず、自己投影が出来ない。

 魔人の物語は『攻め入ってきた人族を魔王が軽く蹂躙しました』という淡々としたものが殆ど。

 ”王様すげぇ”と、思う子供が居たとしても、自身が王になろうというのはこの国では先ず無理だし、本気で実行しようと大人になれば危険思想の持ち主とされてしまう。

 夢の無い話だ……。


 だが、人族の創る物語は、平民が様々な苦難を知恵や努力で乗り越え、敵を打ち破り名声を得るという夢や希望のあるサクセスストーリー。

 自身も英雄になれるかも?という希望を抱かせる作りになっている。

 読み物としてはそちらの方が面白い。

 

 ただ、双方に言える事ではあるのだが、悪影響も多い。

 物語に影響されて反平和的思想を持った人族が魔人を襲撃してきたり、魔人側も間違った選民意識を持ち続けていたり……と。

 そういった事件を抑制する為、意図的に小説を普及させないようにしているのかもしれない。

 人族側の事は知らないが。


 「妾はそこに疑問を感じておる」

 「仕方ありませんよ。魔人側も勇者を掃討する話が一般的なんですから」

 「じゃから、それもおかしいのじゃ。何故、平和協定を結び直した今でさえ、そんな内容ものが双方に出回っておるのじゃ?」


 王女の言葉も一理ある。

 だが、歴史的に戦乱があった事は確かだし、現状も仮初の和平。

 更に、所詮は娯楽書と言われればそれまでだ。

 相互の悪感情を生む要因になっている事は確かだろうが、各種族側がそれを規制しない限りはどうにも出来ない。

 規制しない理由には、同族内の結束を高めるという理由もあるだろう。


 「まだ完全に平和とは言えないという事でしょう……」

 「そこでじゃ、妾は真の世界平和を目指したい」


 目を輝かせ意気揚々と宣言する王女。

 嫌な予感しかしない。


 「はあ、大変ご立派な考えだとは思いますよ。それで、何をするおつもりなのですか?」

 「よって、妾は世界平和を促す小説を創作する事にした」


 …………


 …………


 …………


 「……うん。良いんじゃないですか?頑張ってくださいね。応援”は”しますよ」


 僕は爽やかな笑顔で応えた。

 気取られぬよう静かに後退りしながら。


 「ミレイ!!」


 王女が口にすると「はい」という返事と共に、いつの間にか僕の背後にいたミレイが答え、羽交い絞めにされた。


 「裏切ったな」

 「いえ。私はアルレ様の命に従うまでですので」


 羽交い絞めにされている僕に王女は歩み寄り、目の前で立ち止まる。

 手に持ったペンの柄を僕の顔に向ける。


 「書くのはお主じゃ、セルム。妾の考える物語を形にするのじゃ」


 王女が言い出した段階で気付いていたさ。

 そういう事だろうとね……

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