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君達は探索を諦め、サエティ教団の従業員に加えてもらった。
樹海の魔物達を束ねる魔女が手に入れたという話もあったし、主であるドラゴンが食ってしまったという話もある。どこぞの誰それが手に入れたという噂も出ては消えたが、確実な所は曖昧なままになってしまった。
さて、君達はといえば――探索は失敗したので地位のある立場である聖堂騎士には入れてもらえなかった。腕前なら彼らに負けていない筈だが、成り行きを考えれば仕方あるまい。
というわけでスターアローの存在も考慮され、馬車の御者をやらされる事になってしまった。
「馬車を牽いたまま空は飛べないし、これ、俺である必要ねぇだろ」
今日もスターアローは馬車を牽きつつ愚痴る。そして今日もナターシャに馬車の中からお説教される。
「いざという時の備えです。馬車に何かあった時は、私を乗せて迅速な移動ができるようにと。いい加減に理解しなさい」
君が御者を勤める馬車は大神官移動用の専用車。毎日通るルートは神聖都市サクレッドと、それを見下ろす山の中腹にある療養地だ。
癒しの樹はまだ枯れてはいないが、いよいよ水に回復効果を与えなくなった。もはや神殿のシンボル以上の物ではない。
そうなると神官達にはこれまで以上に治療に励む必要が出てくる。労働量は増える。当然のようにナターシャもこれまで以上に多くの患者を治療するようになったのだが‥‥
ついに一度、倒れてしまったのだ。
ナターシャは教団始まって以来の神童だった。
生まれつき治療系の魔法の才能がズバ抜けており、潜在している魔力も人並み外れていた。神官として人々の癒しを始めたのは十の誕生日を迎える前であり、一年も経たぬうちにどの神官よりも高度な魔術を修めたという。治療を生業とする教団にとって、まさに神の子であった。
だが体の方は、むしろ並より虚弱だった。
幼い頃は強い日差しにあたるだけで倒れた事もあったという。
それが魔力の強さゆえに最も多くの患者を受け持ち、周りの大人より長く業務に当たり続けていた。そして疲労は己の回復術でこっそり補っていたというのだ。
もちろん無茶である。体に毒なのは間違いない。
教団の者がそれに気づいたのは君が神聖都市サクレッドを訪れる少し前の事。癒しの樹を
しかしその計画は潰えた。そしてナターシャの限界も近い。
よって今――
街の側の山の中腹には、治療に時間のかかる患者達が療養している場所がある。
神官達の半ば強引な決定により、ナターシャはその療養地の患者も担当する事になった。今や彼女の私室は療養地の方に置かれ、街の神殿まで往復している。
移動にどうしても時間を割かれてしまうので、診る事のできる患者は遥かに少なくなった。以前の彼女ならこれを受け入れなかっただろうが‥‥実際に倒れてしまったという弱みもあり、神官達の決定に逆らいきれなかったのである。
「理解ならしておりますよ。みんなの大切な大神官様専属の送迎だ。こんな幸せな商売はないぜ」
スターアローがおどけて言うと、ナターシャはむむっと眉を顰める。
「すぐそういう事を言う‥‥」
実のところ、これもいつものやりとりである。
君は苦笑しながら、神殿に着くまで横になってはどうかと進言した。
ナターシャは小さく頷くと馬車の中へ引っ込む。
それを察したスターアローはわざとゆっくり歩きつつ、小さな声で君に囁いた。
「なんか気ままな冒険の旅に出る立場でもなくなっちまったな」
頷きつつも、君にはこの相棒が今の生活を決して嫌がっていない事もわかっていた。
【fin】
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