566
それを「退治」した君は、その所持する財宝を全て手に入れた。
首領を失った魔物どもは散り散りとなり、大半は樹海から出て行き、残った物どもも森の片隅で息を潜めている――強大な首領を打ち倒した、より強大な英雄に挑もうなどと考える命知らずの馬鹿はそういない。
僅かにいない事もなかったが、全てが君達に一蹴されるまで一月もかからなかった。
こうして君は並の貴族では到底及ばない富と、様々な魔術の奥義が記された魔導書、それらにより造られた貴重な品々を手に入れた。
そんな君は――
魔術の入門書を広げた机を前に「ふう‥‥」と溜息をつく。
今後の冒険の役にきっと立つと思って樹海の魔女の呪文書から学ぼうとしたが、どれもこれも内容が高度すぎて理解不可能だった。
魔女は支配者になる前から自然と生命に関わる魔法に熟達しており、下地自体がそもそも達人級だったのである。
結局、君は近くの街から取り寄せた入門書から始める事になったわけだが‥‥魔女の呪文書に手を出せるのはいつなのか。十年では足り無さそうだ。諦めて次の冒険に出ようかと、最近真剣に考えている。
息抜きのために外に出る。
今の君が住んでいるのは森の中の小屋――魔女の子が埋葬されていた地にあった小屋だ。ここは魔女が森の賢者だった頃、夫と共に暮らしていた家だったという。
彼女たちの事もあり、今では君もここで暮らしているのだ。
いつも通り、スターアローが魔女の娘・ヘメラの寝ころんでいる加護に鼻づらを突っ込んで愛撫していた。ヘメラはキャッキャと笑いながら
君が出て来たので、スターアローは顔を持ち上げて振り向いた。
「勉強ははかどっているか? こっちは平和そのものだ、心おきなくいくらでも時間をかけてくれていいぜ」
居心地の良い生活にすっかり浸っている
しかもそんな君に、追い打ちをかける者までいる始末。
「あら、あなたもヘメラをみてくれているんですか? 洗濯物をとりこんだら夕食の支度にかかります。もう少しの間、お願いしますね」
干した衣類を籠に入れて穏やかな笑顔を見せる女性。それは樹海の魔女を廃業して森の賢者に戻った女魔術師であり、名をノクスという。
百年の執念の果てに取り戻した己の望み‥‥かつて確かに持っていた生活。それを取り戻した彼女もまた、この生活で幸福の只中にいた。
(挿絵)
https://kakuyomu.jp/users/matutomoken/news/16818093077630894896
こんな環境で次の冒険の旅への意欲を保ち続けるのは困難であり、鋼の精神を要求されるわけだが‥‥
「おい、お前に抱っこして欲しいってよ」
スターアローがヘメラの入った籠を持ってきた。赤子は君へ必死に両の手を伸ばしている。
やむなく抱き上げると、赤子はひしと君に抱き着いて頭をすりつけてきた。高い体温と柔らかな肌が君を捕える。
「もうずっとここでいいだろ」
のうのうとぬかすスターアロー。
そいつに何と言い返した物か、君は必死に考えはするが。君の腕の中で安心しきっている赤子のヘメラが浮かべる笑顔のせいで、なかなか考えがまとまらなかった。
【fin】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます