#06 甲子園の度肝を抜く一打
一回戦当日の朝。
いつもと同じ時間に起床して、食事もいつもと同じ物を食べて、準備を終えると宿泊先からバスで甲子園に向かった。
開会式が終わると、一旦はけてから荷物をベンチに運び込み、試合前のウォーミングアップの為にグローブを嵌めてグラウンドに出て守備位置に立つと、一度大きく深呼吸して甲子園の空気を吸い込んだ。
被ってた帽子を脱いで、ツバの裏に自分で書いたコメントを読み返した。
『一発打って、ビッチどもを見返してやる!』
昨夜、宿泊先の旅館で、食後にレギュラー全員集まってミーティングした時に、思い思いに書いた。
他のメンバーは『一球入魂』とか『ONE FOR ALL』とか書いてて、自分でも(俺だけ頭の悪いこと書いてるなぁ)とは思ったけど、俺はこの一心でここまで来たから、これ以外に書くコメントは思い浮かばなかった。
舞台は整った。
あとは、気合と運だ。
神のみぞ知るというやつだな。
試合開始前、整列して挨拶を交わすと、後輩が持って来てくれたバットをその場で受け取って、体を軽く解してからバッターボックスに入って、地面をならしてからバットを構えた。
試合開始のサイレンが鳴ると同時に、ピッチャーが投球モーションに入る。
相手ピッチャーはキリッとした眉のイケメンで、同じ坊主頭でも俺と違って如何にもキャーキャー騒がれて注目を浴びてそうな選手だった。
コイツは敵だ。
コイツをこの場で凹ましたら、さぞ気持ち良いんだろうな。
そんなことを思いながら初球でバットを振った。
なんかサインが出てたけど、無視した。
何千何万と繰り返したイメージ通りのスイング。
芯で捉えた手応えがしっかりあった。
まだサイレンは鳴りやんでいない。
バットをキッチリ振り抜きながら条件反射で全力スタートダッシュして、一塁ベースを踏むと同時に打球の行方を確認すると、バックスクリーンに当たる音が聞こえた。
その瞬間まで静かにザワついてた甲子園球場が、ワンテンポ遅れて怒号の様な大歓声に包まれた。
右手の拳を真っ直ぐに掲げ、大歓声を浴びながらゆっくりとダイヤモンドを走った。
相手ピッチャーを見ると、まだ一球しか投げてないのに肩を落として茫然としていた。
それ見て、ゾクゾクした。
ホームインしてベンチへ向かうと、ベンチ入りメンバー全員出て来て大はしゃぎで歓迎してくれて、その中には成宮も混ざっててハイタッチ求めて来たから、「いや、お前ははしゃぐ権利ないだろ」と冷静に突っ込むと、コイツも茫然とした顔になった。
更に、ベンチの隅でチーフマネージャーの桜庭も目をウルウルさせて俺を見つめてたので、ベンチの中で聞こえる様に「さげまんと縁切りしたお陰で、オレ絶好調!」って両手でガッツポーズして全身で喜びを表すと、顔真っ赤にして俯いてプルプルしてた。
それ見て、またゾクゾクした。
その後の試合は延長11回までもつれ込み、相手のエラーでもぎ取った2点差を守り切って、一回戦を突破した。
試合終了して校歌歌って応援スタンドへの挨拶を終えて、引き上げる為に荷物纏めてベンチ裏に行くと、一足先に勝利チームのキャプテンとして成宮がインタビューされてて、補欠のクセに荷物の片付け手伝わないし(俺のが歴史的快挙の活躍したのになんで補欠のコイツがインタビュー受けてんの?)ってムカついたから、脇を通るフリして「お情けでベンチ入りさせて貰ってるお飾りキャプテンなんですけどね」と横からコメントしておいた。
後日、夏休み明けてからクラスメイトに聞いた話では、そのインタビューは某国営放送の生中継で、俺のコメントはしっかりマイクで拾われてたそうだ。
結局、次の2回戦で敗退した。
試合終了すると、2年生ながらもエースの滝田が、普段はクソ生意気なくせに立てなくなるほど泣き崩れちゃって、整列して挨拶する為に仕方なく肩を貸してやると、「カナメ先輩のお陰でココまで来れたのにすんません」と鼻水まで垂らしてエグエグ泣き続けていた。
鍛えられたメンタルでも、甲子園での敗戦は相当堪えたらしい。
俺は滝田を鍛えてるつもりなんてなくて、八つ当たりしてただけだったし、チームのことだって、俺が甲子園に出る為に必要だったから利用してたようなもんで、勝つことよりもホームラン打つことの方が俺には重要な目標だった。
でも空気読んでそんなことは言わずに、余りにも泣き過ぎちゃってて甲子園の砂を持ち帰るのを忘れちゃった滝田に、後で俺のを半分分けてあげる優しさをみせといた。一応、俺なりに感謝はしてるからな。
結局1度も使って貰えなかった補欠の成宮も号泣してたけど、部員たちからは『え?なんでアンタが泣いてんの?』という目で見られ、宿泊先の旅館に戻って全部員揃って昼飯食べてたら、お通夜みたいな空気の中、マネージャー連中までいつまで経っても泣き止まなくて(うっとおしいなぁ、メシがまずくなるやんけ)ってうんざりしてたら、滝田がブチ切れて「俺達まとめて全部一人で引っ張って一番頑張ってきたカナメ先輩が泣いてねーのに散々足引っ張ってたクソどもがいつまでもビィビィ泣いてんじゃねー!カナメ先輩に謝れや!」って怒ってくれて、漸く静かになった。
けど、これはフリだと思い、すかさず「いや、お前も散々泣いてたじゃん」って突っ込み入れたら、試合後のインタビューで緊張しすぎて噛み噛みだったのがショックで凹んでたはずの監督が「確かに」ってバカウケしてた。
そんな感じに最後の夏はあっさり終わったけど、甲子園で一勝はウチの野球部では長年の悲願だったし、地元や学校での歓迎ぶりも半端無かった。
ただ、2回戦敗退というのは世間的にはやっぱり中途半端な結果で、それが逆に、俺の開幕先頭打者初球バックスクリーン直撃ホームランのインパクトだけが際立つ形となった。
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