#05 最後の年



 春のセンバツは逃した。

 けど、コレがチーム全体に良い意味で影響を及ぼした。


 部内全体の目の色が変わり、奮起し出した。

 レギュラー争いは更に熾烈を極め、レギュラー・補欠関係なく朝練から気合入れてガンガン走り込み、居残り練習をするメンバーも増えていた。


 ただ一人を除いて。

 キャプテンの成宮だ。

 俺が唯一ライバルだと認めてた成宮は、桜庭と付き合い始めたことで腑抜けになった。


 元々能力値が高く性格も真面目なヤツだったから、腑抜けたと言ってもそれなりの実績を出してて直ぐには影響が出なかったが、ずっと切磋琢磨して競い合って来た俺から見れば、身が入ってないのが直ぐにわかった。


 夜の寮や日中の教室で成宮を訪ねては「お前いい加減にしろよ?コッチは死ぬ気で甲子園目指してんだよ。キャプテンのお前が温いことやってんじゃねーぞ」と何度も叱責したが、絶賛色ボケ中の成宮の心には何も響かなかったようだ。



 GWの合宿の終わりに夏の大会に向けてのレギュラーメンバーの発表があると、その頃には更に不調に陥ってた成宮は背番号貰って何とかベンチ入りは出来たが、補欠要員扱いだった。

 発表の後に監督に俺だけ呼ばれて、「成宮にはキャプテンとしての役目に集中して貰う。お前がチームの柱になって引っ張れ」とヤニ臭い溜め息吐きながら言われた。


 監督は『今の成宮じゃレギュラーは無理だけど、キャプテンだから仕方なくベンチ入りさせた。だって、ウチみたいな強豪校のキャプテンが背番号無しでベンチにも入れないんじゃ格好つかないでしょ?あいつは伝令係だ』と言いたいんだなと深読み解釈した。


 そしてそういう空気は直ぐに部内にも伝播した。

 部内では成宮は完全にお飾りキャプテンに成り下がり、特に2年も含めたレギュラーメンバーは、誰も成宮の指示に耳を貸さなくなった。


 夏の県予選まで時間が無く、俺自身も最後の年への意気込みと執念で毎日鬼の様に自分を追い込んでクタクタだったが、レギュラー落ちしても腑抜けのままの成宮のことは心配だったから、今度は本人ではなく桜庭に「今の成宮の腑抜けの原因は桜庭、お前だ。責任もってお前が何とかしろよ」とクレームを入れたら、桜庭の反感を買ってしまい、グルになったマネージャーチームから俺だけ冷たくされるようになった。


 唯一のライバルと認めた成宮を思ってのお節介だったのに、理不尽すぎる。

 これで成宮の事は完全に見捨てた。

 そしてやっぱり、俺には野球しか残ってなかったと、更に執念を燃やした。


 週に一回ある幹部ミーティングも出席するのを止めた。

 腑抜け&さげまんコンビとミーティングなんぞしたってなんの実りもないからな。

 代わりに練習メニューや練習試合の日程は俺一人で組み立て、レギュラーメンバーの闘魂注入する為のミーティングも俺主導で毎日やって、チームの目標意識とモチベーションを高めた状態で県予選を迎えることが出来た。



 県予選は順調に勝ち進んで、ベスト4入りまで辿り着いた。

 去年はココで負けたから、学校全体が『今年こそは!』と期待する熱気で溢れ、グラウンドでの練習にも応援に来てくれる生徒が増えて、差し入れなんかも良く貰う様になった。


 まぁ俺の分はマネージャーどもに横取りされてて、そんなの貰ってたの全然知らなくて、後輩たちが気を遣って恵んでくれて初めて知ったんだけどね。

 もうこの頃になると、成宮の不調の原因や俺に対する仕打ちが部内で認識されてたから、成宮だけでなく桜庭やマネージャーたちに対する部員たちの目も冷めたものになっていた。




 俺は、GW以降1番センターだった。

 一応控えピッチャーとして投球練習もしてたけど、結局県予選ではピッチャーとしての出番は無かった。


 野手としてココまでの4試合フル出場で、エラーはゼロで打率5割維持して出塁率7割超えで盗塁8に打点7で本塁打も2本打っていた。

 地元の新聞社から取材を受けたし、プロや大学野球のスカウトからも名刺を貰ったりもした。



 準決勝では、最終回1点差で3塁ランナー背負って一打逆転負けのピンチに、センターフライからのバックホームでランナーを刺して決勝進出を決めると、翌日学校では決勝進出の立役者としてヒーロー扱いされた。

 因みに、5年ぶりの決勝進出のお陰で、1学期の赤点補修(4教科あった)と夏休みの宿題は全て免除して貰えた。



 決勝では球場まで全校生徒が応援に駆けつけてくれて、レギュラー全員、鼻息荒く目を血走らせて気合いが入りまくっていた。


 決勝の相手は去年の夏も甲子園に出た甲子園常連校だったが、初回から様子見せずにガンガン攻めていった。


 ベンチからのヤジも気合いが入り過ぎて審判からは注意されたほどで、エースの滝田が三振取ればウチの応援席は大はしゃぎで、点が入れば球場中が大盛り上がりで、出場したメンバー全員調子に乗りまくって二桁得点で勝利し、ついに念願の甲子園出場を決めた。




 甲子園出場を決めると、連日テレビ局や新聞社の取材が来るようになり、それらの対応は監督とお飾りキャプテンの成宮に押し付けた。


 俺も県予選で目を引く活躍が出来たお陰で取材が増えたが、その中で取材に来てた地元紙の記者さんが、『イチローの再来』『令和のイチロー』と地元の新聞やテレビで俺の事が話題になってることを教えてくれた。


 ネットから隔絶された寮生活だったし、テレビは寮の食堂にあったけど、ウチのこと扱った放送で成宮が映ると胸糞悪いから全然見て無かったし、学校の方は夏休みでクラスメイトとの交流が無くなってたから、マジでそんなことになってるのは知らなかったが、そこまで話題になってるのなら俺の活躍ぶりがアツコの耳にも入ってるだろうから、それを思うと胸の中がスッとした。




 組み合わせ抽選会には成宮が行った。

 抽選結果は、一日目の第一試合で東京の有名校が対戦相手になった。


 成宮は、ココでも足を引っ張りやがったと部内では大ヒンシュクを浴びていた。

 しかし俺は、内心ではほくそ笑んでいた。


 確かに一日目の第一試合でしかも全国区の有名校相手となれば、注目度やプレッシャーは半端なく、ウチ本来の試合運びは厳しいだろう。

 けど、ウチが先攻で打順1番の俺としては、最高の舞台だった。




 大会開幕の三日前にはバスに乗って宿泊先の旅館入りして、事前の球場練習では、バッターボックスからバックスクリーンを眺めると、とんでもなく遠くに感じ、武者震いをした。





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