#04 失恋の後に残ったもの




 実家に居ると、田舎だから直ぐに噂が広まるし、その影響でアツコの話がどうしても俺の耳にも入って来る。

 塾行ってても男目当てだから成績は落ちぶれてるとか、普段から遊び惚けてたとか、よく車で送って貰うところを見かけたとか、そんな話ばっかり。


 俺はもうアツコのことを早く忘れたいのに、今回のことが近所中に広まっちゃったから、正月早々近所中の同級生とかおばちゃんとかがウチに来ては要らん情報を提供していく。


 アツコにフラれたこともショックだったけど、俺としてはこっちの方がウンザリだった。

 父さんも母さんもそんな俺に同情してくれて、予定よりも早く寮に戻ることに了承してくれたから、正月の二日には一足先に寮に戻って自主練を始めた。


 4日までは部活は休みだから寮生のほとんどが4日に戻って来る予定で、寮の食堂も3日の夕方まで休みのせいで、正月早々インスタントラーメンで凌ぎながらの自主練だった。



 寮に戻った二日の午後。


 一人でグラウンドに出て、一人で柔軟して、一人で掛け声出しながらランニングして、一人で素振りして、一人でバッティングの練習もした。流石に一人じゃ守備練習は無理だった。

 片付けも全部一人でして、グラウンドの整備も一人でした。

 一人でトンボかけるの、高校では初めてやったけど、地味に時間かかって終わる頃には暗くなっていた。



 翌日の三日は、朝から自主練を始めた。


 一人で柔軟やら走り込みやらして、一人でバット振ってたら、謎のテンションが湧き上がって来た。


 甲子園のバッターボックスに立ってて、スタンドに陣取ってるウチの高校の応援団の声援に背中を押される様にバットを振ると、打球が吸い込まれる様にバックスクリーンに直撃して、俺のホームランに球場中が大歓声で大盛り上がり。

 そんな情景が頭に浮かんで、ニヤニヤしながらバットを振り続けた。


 絶対甲子園行ってホームラン打って、アツコに俺と別れたことを泣くほど後悔させてやる。フフフフフフフ・・・


 こんなテンションだった。



 暗くなる前に練習終えて、寮の食堂がこの日の夕方から再開してたので食べに行くと、1年の浜本が一人で居たから一緒に食べることにした。

 いつ戻って来たのか聞くと、お昼過ぎに寮に戻って来てたらしく、浜本も自主練開始するつもりで早めに戻って来てて、野球部のグラウンドに行ってみたら正月早々一人で笑いながらバッティング練習してる俺を見て、「カナメ先輩が練習のしすぎで頭がイカレた!?」と思ったらしい。

 それで、頭のイカレた俺の様子に恐怖を覚えて、俺に見つかる前に野球部のグラウンドから立ち去って、学校のグラウンドの方でひっそり走り込みをしてたらしい。


 それ聞いて、先輩に対して頭がイカレてるとか失礼なヤツだなって腹立ったけど、貴重なキャッチボール相手なので、「明日は朝から一緒にやろうぜ!逃げるなよ!」と脅してから就寝した。



 翌日の四日の朝。


 案の定、浜本が部屋から出てこなかったから、起きて来るまでドアをドンドン叩いてたら、諦めて出て来てくれた。


 失恋やら一人で自主練してて孤独だったせいか、俺の事を頭がイカレてると言って逃げようとしてる後輩でもキャッチボール相手がいるのが嬉しかったんだが、浜本が言うには、この日も俺はやっぱり楽しそうに笑いながら練習してたらしい。


 その日の夕方には寮生全員揃い、夕飯を寮の食堂で全員揃って食べた。

 俺の練習に付き合わされた後輩の浜本は、食事中に「カナメ先輩マジやべぇって!正月から一人で笑いながらバット振ってるんすよ!?あれは狂気っすよ!」と他の部員たちに可笑しな噂を流そうとしたから、電気アンマで黙らせた。





 五日からは部の練習が開始され、朝一番に監督の新年の訓示があって、通常の練習メニューが始まった。


 午後は部室で幹部3人でのミーティングがあって、何故かそのミーティングの場で成宮が、「桜庭と付き合うことになった」と絶賛傷心中の俺に向かって報告し始めやがった。

 年末に成宮の方から桜庭に会いにいって告白して付き合うことになったんだとさ。

 桜庭も「カナメくんのこと好きだからって最初は断ったんだけど、とっても熱心に『それでもいい。いつか振り向かせてみせるから』って言ってくれたから」とか言って妙に照れた顔して頬赤らめてやがった。


 俺と勉強してる時とか俺に告白した時とか淡々としてたのにな。

 なんかそれだけで凄い敗北感っていうか疎外感を感じる。


 だから、アツコの浮気で失恋したばかりの俺は恨みがましい視線を二人に向けて「地元の彼女の浮気発覚で打ちのめされてた俺が立ち直ろうと一人で必死に自主練に励んでる間に、お前等はイチャイチャ過ごして連休を満喫してたってことかよ・・・俺が甲子園でヒーローになってもお前らには絶対にサインはやらないからな!バーカバーカ!」と負け犬の遠吠えを吠えながら部室を飛び出して、脱兎の如くグラウンドまで走り、普段からクソ生意気な1年生エースの滝田を捕まえて「バッティングピッチャー入れ!」って無理矢理引きずり込んで、八つ当たりで柵越え連発してプライドをへし折ってやって、スッキリした。


 因みに、滝田は俺に打ち負かされたのが余程悔しかったのか、この日以降も何度も俺に勝負を挑んで来る様になり、その度にボコボコに打ち負かしてやってたらメンタル鍛えられちゃって、不動のエースへと急成長した。




 俺にはもう野球しか残ってないと思った。

 アツコに浮気されてたと知った時もそう思ったけど、成宮と桜庭が付き合い始めたのを知った時も、より一層そう思った。


 多分、アツコに浮気されずに交際が続いてたら、二人のことは祝福してただろう。

 けど、今の俺はそんなお人好しのナイスガイでは無い。

 甲子園でホームラン打つことだけが俺に残された復讐なんだと執念を燃やす、囚人みたいな高校球児なんだよ。






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