第6話 笑顔
長い道のりだったが、退屈することは無かった。王都までの道のりは、今まで町の中で完結していた俺の活動範囲では経験することが出来なかったことだらけで、全てが初体験だった。
多種多様な魔物相手に圧倒する戦闘を特等席で見れるのは、王立異能学園合格者の特権だ。彼女はあまりに多い魔物の襲撃に少し困惑するような顔をしていたが、今の俺には彼女の戦闘を目に焼き付けるのが精一杯であり、これが普通なのだろうと思っていた。
そんな長旅は終わりに近付いていた。俺の目の前に現れたのは巨大な壁、そしてその奥に見える立派な城だ。段々と街道も整備され始め、壁に近づく頃には、壁外にも関わらず他の大きめの街程度に立派な街道が王都入口まで続いていた。これは本来なら有り得ないはずだ。この世界は魔物がそこらじゅうに存在し、基本的に人間は魔物からの襲撃に備えるために街を壁で囲い、その外は人間の手の及ばない所として整備することは滅多にない。
王都は王都警備隊と近衛兵、国軍といった豊富な軍事力を使って王都周辺の魔物を数ヶ月に1回殲滅しているらしいから、街道を維持できるんだろうな。俺にはそこまでして王都近辺の街道を維持する意味がわからないな。だって王都近辺だけ街道を作ってもそこまでの道は普通に荒れてるんだから、流通は別に良くならなくて、強いて言うなら権威を示すためだろうけど、そんな所で権威を見せる必要があるのだろうか、と思ってしまうな。
「そろそろ王都に入りますよ」
俺がそんな思いに耽っているうちに王都の門をくぐっていた。隣の入口には長蛇の列が並んでいたが、俺は何も調べられることなく門を潜っていた。流石王立異能学園とでも言おうか。まあ合格者を決める段階で素性を洗っているだろうから、今更調べる必要はないだけなんだろうけどな。
「ここが王都……」
俺は感動で言葉が出なかった……のではなく、想像していた100倍しょぼかったから言葉が出なかった。まあ仕方ないことだと思えたから、別に落胆することはなかったがな。だって俺は世界有数の1000万人都市"東京"を知っているから、多くても100万人程度しかいない王都では建物の密度が足りないのは仕方のないことだろう。ただコンクリートではなくレンガのような物で建てられた建築物は少し感動したがな。
「その気持ち分かりますよ。私も初めて王都に来たときは感動で言葉が出ませんでした」
「あはは……そうなんですね」
御者は俺が感動して言葉が出ないと思って話しかけてきたが、勘違いだから愛想笑いしかできなかった。
学校に行く以上はもっと愛想笑いをうまくする必要があるなと思ったが、せっかく異世界に来たのだから、わざわざ周りを気にして生きるのは止めようと決意していたため、練習する気は起きなかった。
「すいません仕事中に私語をしてしまい」
「別に気にしてませんから!」
愛想笑いを俺が気を悪くしたと勘違いしたのか、彼女は咳払いをしてから謝罪した。俺は単純に勘違いだから愛想笑いをしたのであって、全くもって気にしてはいなかった。それどころか完璧と言える美人な彼女の昔の一面を知れたのでどちらかというと嬉しかったのだが、勘違いが勘違いを呼び、俺の必死の呼びかけむなしく、彼女はこれ以降事務的なことしか話してくれなくなった。
俺は愛想笑いを練習しようと決意した。
王都に入ってから数時間が経った。そこで俺の目に入ったのは、超巨大な湖に掛かる一本の大きな橋、そしてその先にはいくつもの建物群が見え、そこの中心には壁の外から見えた巨大な城が鎮座していた。俺が王城だと思っていた城は王立異能学園の本棟でしかなかった。
これには前世を知る俺でも感動したな。ただ今度は本当に感動で言葉が出なかったのに彼女は話かけてくれなかった。泣きたい。
「ここから先は学園の者が参りますので」
そう言って彼女は引き返そうとしていたから、俺は慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。」
「なんでしょうか?」
その顔はあの時一瞬だけ見せた可愛い笑顔とはかけ離れた能面のような口角がピクリともしない冷徹なものだった。その顔に俺は一瞬気圧されたが、気合を入れ直して、今俺が想うすべてを彼女にぶつけた。
「短い間ありがとうございました!! お名前だけでも教えていただけませんか!」
その俺の言葉を頭が処理しきれなかったのか、一瞬戸惑ったような顔を見せたのち、あの時見せた笑みを浮かべてこう言った。
「私はアテナです。もし私を口説きたいのなら、私の苗字を知れるような立場になってからにしてください」
彼女は俺の心に残る言葉を残して去っていった。
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