第16話 志那乃の弟(3)

学生さんと違うてほんまアホな弟で……例のアレですわ。「人生不可解」とか云う口ですねん(笑い)たった1人の姉を残して、あっけなく往(い)んでもうた。もうもう……往(い)ぬなら往(い)にさらせで、却ってサバサバしてますねん(笑い)」

向一「あの……今よく分かった気がします。さきほどおっしゃった会津八一って歌人の、〝緑な吹きそ〟とは弟さんのことだったんですね。あの、じょ、状況の察しがつきます。あの……あの、弟さんに代わって、お、お詫び申し上げます!(一礼する )」

志那乃「まあ!……(言葉に詰まって、向一を暫し凝視。涙ぐみさえもする)まあ、かなわんわ……このあんさんは。玄人女を泣かせたりして(バッグからハンカチを出して一瞬目に当てたあと)……おおきに。ありがとうございます(丁寧に礼を返す)。一瞬でも弟に会えた心地させてもらいまた(軽笑)。さっきは貶してしもうたけどほんまは弟もあんさんと同じ、とってもやさしい子やったんです。映画の「蛍のお墓」の逆で、早い内から姉弟2人だけで暮して来たもんやさかい、人一倍姉思いの、やさしい子やった……でも結局それが仇になって(一瞬感極まったように顔を顰める)……(苦笑)ああ、あかん、また。すんまへん、ほんまに。正月早々縁起でもない話をお聞かせしてもうて」

向一「いいえ、とんでもないです。こんなお話を聞かせていただけて、ぼくは……」

この時志那乃のバックからポケットベルが鳴る。志那乃ベルを取り出して音を止める。

志那乃「ちょっと、すんまへんね、知り合いに電話せなあきまへんね。ちょっと…」

志那乃席を立って店の会計近くにある公衆電話に行き電話を始める。

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