第17話 名詞「茶屋・萩野、志那乃」

志那乃「……もしもし、社長はんどすか?あたし、志那……へ、へえ、そうどす。お参りしてる内に時間かかってもうて……いややわあ、何云うてまんの(笑い)1人でっせ、1人!……へえ、もう半時もせん内に(嬌声で会話を続ける)」

向一カメラを取って法輪寺の遠景を撮る。青空に鳩の群れが回遊している。それに見とれる向一。

志那乃「……学生はん」

向一「(一瞬驚いた風に)ああ、どうも……」

志那乃「鳩は自由そうでええですね」

向一「え、ええ、そうですね」

志那乃「すんまへん、うちこれから人と会わなあかしまへんね。これで失礼させてもらいます。お会計は済ませましたさかい。それとこれ、お土産とフィルムどす」

向一「そんな……ぼ、僕が払います。全部でいくらでしたか?」

志那乃「ええですよ。お気にせんと。もう払うてしまいましたがな(軽笑)それより

写真でけたらここに送ってくださいね」

志那乃名刺を向一に手渡す。そこには住所・電話番号と「茶屋・萩野、志那乃」とあった。

志那乃「送るだけでっせ。間違うてもお越しになったらあきまへんよ(艶笑)あんさんが会社勤めして出世しはったら、ね。ほな、おやかまっさんどした。楽しゅうおした。ごめんやす」

向一「あ、あの……ちょ、ちょっと、待って」

いきなりの別れの挨拶に呆然とする向一。せっかく得たと思った、人との大切なもの、温かいものを拒否されたような面持ちで尚も食いさがる。普段の向一には悉皆見られない姿だった。

向一「あ、あの、ぼ、僕の名前は入江、入江向一と云います。あ、あの、あなたのお名前は……?」

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