第14話 志那乃の弟(1)

志那乃「〝観音の白き額に瓔珞の影うごかして風わたる見ゆ″。あるいは〝みとらしの蓮に残る褪せ色の緑な吹きそこがらしの風″。これって会津八一っていう歌人の歌ですけど、両方ともさっき学生はんが法輪寺で見とった、十一面観音菩薩を詠んだものどす。意味取れますか?」

向一「さ、さあ、急に古語を述べられても……」

志那乃「(軽笑)取れまへんやろな。うちもようわからんけど純なものが汚れていく、堕落していく悲しみを詠んどるような、そんな気がしますねん。うちが木屋町の女やさかい……そんな気がするんやろか」

向一「木屋町の女?」

志那乃「あ、あかん、ついうっかり(軽笑)いいえ、何でもおへん。うちは京都の木屋町界隈で踊り関係の仕事をしてますねん」

向一「踊り……ですか。お師匠さんのようなものですか?」

志那乃「へ、へえ、確かに。若い舞子はんたちにも時々教えまっせ。どうどすか?学生はんも。手取り足取り、あんじょう教えまっせ(艶笑)」

向一「い、いや、とんでもない(軽笑)しかしそれでわかりました。さきほど法隆寺でポーズを取られたのが、とってもお上手て(軽笑)……ただ、しかし……なぜそれが、そこで踊りを教えるのが、木屋町でしたっけ?なぜ、辛いというか、悲しことになってしまうんです?さきほどそうおっしゃってました……」

志那乃「(軽笑)そう問い詰めんと……堪忍でっせ。そうどすなあ、昔のことやけどうちに弟がいましたんねん、年は八つも離れとって、今のあんたはんと同じ花の大学生やった」

向一「はあ、そうですか。そうしますと今はもう社会人の方ですね?」

志那乃「いいえ」

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