また桜の咲く頃に君と会えたら

真白 まみず

また桜の咲く頃に……

 桜はよく、美しいモノとして描かれる。

 実際僕も好きだし、嫌いなんて言う人は滅多にいないと思う。

 夜桜なんかは特に。


 だから時折、今日みたいに天気のいい日は、夜に散歩に出て、誰もいない道を、空を眺めながら歩く。

 こうしているのが、なんとなく、落ち着くからだった。

 何よりさらに、横にある小さな川を、近くの芝生に座って見下ろしながら、ときどき見上げて桜を見るのがまた一興だった。

 僕は今日も、いつもと同じ場所で、腰をおろしていた。



 どれくらいたっただろう。

 僕が風景に完全に没入していたとき、珍しく人の気配を感じた。

 しかも、一人だけの。

 大抵、通るとしたら複数人なのに。

 おまけに、僕を観察するような、こちらを伺っているような気配がした。


「どちら様?」

 あまりに弱々しい僕の声が、夜の静寂を守る。

「君、ここで何してるの?」

 質問に質問で返された。

「えっと、桜見ようかなって」

「へ〜、私と同じだ」

 そういう彼女は、なぜだがお尻をはたいて、僕の横に自然に座った。

「人と見るのって、新鮮でいいね」

 挙げ句の果てに、こんなことを言い出す始末。

「僕も、ナチュラルに知らない人の横に、平気で座る女の子は新鮮でいいと思うよ」

 そう言うと、ちょっとムッとしたような顔をした。

「喧嘩売ってる?」

「いやいや、そんなことないよ」

 僕が少し笑いながら言うと、彼女からの返答はなかった。


 月明かりが差し、キレイな黒髪だけでなく、次第に美少女とも呼べる顔が見えてきた。

 僕が顔を見てるのに気づくかのように、ソイツはこっちを見て、ニッと笑う。

「何さ、惚れたみたいな顔して」

「惚れてない惚れてない」

「惚れるなら、桜に惚れなよ」

 そう言って彼女の指した、桜を見る。何度見てもやはり、美しい。

「もう惚れてるよ」

「もう惚れてるんだ」

「え、何?」

 僕が聞き返すと、彼女は悪戯に近いような、わざとらしいような変な驚き方をしていた。

「私の名前、桜」

「あ」

「もう惚れてんだ〜〜。へ〜〜」

 ニマニマしてる顔が絶妙にウザい。

「そういう自分はどうなんだよ。惚れてんの?」

 僕がそう言うと、人をバカにしたような笑顔は突然、自分を嘲笑うような笑顔に変わった。

「私は嫌いだよ、桜」

「どっちの"桜"の話だよ」

「見てると、この季節がやってくるたびに、思い出すの」

「何を?」

「出会ったばかりの君にはナイショ!」

 そう言って桜は、あざとく笑った。


 それを見て僕は、彼女を感情表現の豊かな、明るい女の子だと思った。

 だから、

「何か悩んでることがあっても、まぁ、何とかなるよ」

 なんて、僕は言った。

 彼女はそれを、

「どうにもならないことも世の中あるんだよ」

 と、薄く笑って返す。

「今悩んでることも、将来思い返せば、きっと笑える」

「君はそうなの?」

「そうだよ。だから多分、桜も……」

「私には、無理だよ」

「そんなことないって。僕も昔辛いことがあっても、今は笑えてる。だからつまり、大抵のことは、時間が解決してくれる……」

「なら、教えてくれる?」

 そう言う彼女はまた、自虐的に笑った。

 僕はまだ何かいいそうな彼女を、待った。

 勢いよく立ち上がった彼女は、今度はお尻をはたかず、僕を見下ろす。

「私ね、親が両方とも、事故で死んでるの。私が入院してたときに。私を迎えに行くために乗ったその車で」

「それは、そっか……」

「銀行のお金はそのまま私に入った。普通ならそれで、2歳下の妹とも一緒に、普通に暮らして行けた」

「でも、入院してたときの私の病気は、治らなかった。放っておけば、私は、あと2年で死ぬ。それでもお金を全部使えば、私は生きられる。でもでも、そうなると、妹に与えられるお金がない」

 そう言うと桜は、しゃがみこんで、座っている僕の肩を力強く掴んだ。

 でも彼女の力は、あまりに弱くて、必死の表情からしか、どれだけ強く掴んでるかは、感じ取れなかった。

「ねぇ、どうすればいいの?」

「生きればいいと思う」

「無責任なこと、言わないでよ」

「桜が死ねば、妹さんはきっと、悲しむ」

 僕がそう言うと、彼女は夜の静寂を壊した。

「だから、無責任なこと言わないでよ!」

「私はもう嫌なの!人生の絶望を味わう妹を見るのも!死んで楽になろうとしてる自分も!でも、私はもう、生きられないの!年々、私の死のタイムリミットが近づいてくる。この桜を見るたびに、私はそれを思い出す。……もう、時間が無いって。こうしていられるのも、もしかしたら、また桜の咲く頃までだって!悩みたくないの!考えたくないの!生きたくないの!生きる意味もないの!」

 叫び疲れたのか、クシャクシャになった顔で、桜は沈んだ。

「私の使うお金で、妹が苦しむ時間は永遠。でも、私が死んで苦しむ時間は一瞬。君の言うとおり、悩みは大抵、時間が解決してくれるから……」

 彼女の言いたいことか、痛いほど伝わる。

「だから、私が死ぬのが一番なんだ」

 でもこれを自らの口で言ってしまったら、もうきっと彼女は、死を選択する他、自分を許せなくなるのだろう。

 生きる意味がない。

 でも、生きたい。

 そんな葛藤。

 見知らぬ僕にだから、言えたのかもしれない。

 そう思うと僕は、いらぬところで正義感を発揮したくなってしまった。

「なら、生きる意味を見つければいい」

「どうやって……?」

「僕が、一緒に探す。一人では難しくてもきっと、二人なら見つけられる。大丈夫、きっと、見つけられる。僕だって、だてに生きてないからね」

 そう言うと、桜はまた、ちょっとバカにするように薄く笑った。

「嘘付きの顔だね」

「そんなことない」

「わかるよ。君も実は、平凡な人生に絶望してる」

「いや〜〜、どうかな」

「そうじゃないと、こんなところで、物思いにふけってないよ」

 真っ暗な道に、僕ら二人。

 思えば変な状況だった。

「いいよ。私に惚れた君に、素敵なプレゼント。私が君と、付き合ってあげる」

「尻軽とはゴメンだね」

「これは勝負なんだよ」

「勝負?」

 相変わらず話を聞かない桜に、呆れながら答えた。

「全部終わった頃に、私が生きてる意味を見つけられたら、君の勝ち。ものの見事に君もおかしくなってたら、私の勝ち」

 これはつまり、僕が負ければ桜は死んでいるということだ。

 イかれてる。

 でも一見、桜はおかしくない。

 明るくて元気な人だと、思ったくらいだから。

 それでも、気づくべきだったんだ。

 桜はもう、情緒が壊れてるんだって。

「いいよ。乗ってやろうじゃんよ」

「よしきた!期限は2年後までね!あ、君。何年生?」

「高2だけど……」

「なるほど同い年だ。なら、卒業した夜には、ここで運命の答え合わせだ」

 そう言って桜は立ち上がって、僕に手を差し出した。

「負けないよ」

「私のこと、負けさせてね」

 そう言ってなんとなく、桜の顔を見ていると、軽く唇を塞がれた。

「なんだよ」

「うるさい口にお仕置き」

「そりゃどうも」

「あ、君、名前は?」

「碧衣。アオイだよ」

「アオイ君。この唇を、精々2年後も、味わえるようにね!」

 そう言う桜は、月夜によく、照り映えていた。












 夜に一人、快晴の夜空を眺める。

 こうしているのが、なんとなく、落ち着くからだった。


 僕は高校を卒業した。

 この年は珍しく、この時期に桜が咲いていた。

 そして今日は、夜桜を見に、でかけていた。

 思えば、おかしな話だ。

 "桜"に桜色を消されるなんて。

 そんなことを考えながら、あの日のように僕は、お尻をはたいて芝生に座り、川を眺めていた。


 どれくらいたっただろう。

 僕が風景に完全に没入していたとき、珍しく人の気配を感じた。

 しかも、一人だけの。

 そいつは、僕を観察するような、こちらを伺っているような気配がした。


「どちら様?」

 はっきりした、でもそれでいて、夜の静寂を守るように、僕の声が響く。

「君、ここで何してるの?」

 そんな声が、聞こえた気がした。

「えっと、桜見ようかなって」

「へ〜、私と同じだ」

 その声は、今度は座ろうとせずに、同じ場所から聞こえた。

「何さ、惚れたみたいな顔して」

 試すような、でも、答えを知ってるかのような、そんな物言い。

「惚れてるよ」

「もう惚れてるんだ」

「桜は、嫌いか?」

「私は嫌いだよ、桜」


 そう聞こえると、気配はなくなっていた。

 そして、僕は川を流れる桜の花びらを見て、そっとほくそ笑んで、芝生から立ち上がり、暗い道を歩き始めた?


 僕は、散歩を続けた。

 川のせせらぎの音を聞きながら、ゆっくり歩く。

 彷徨うように、もがくように。


 そして僕は、芝生に座っている、黒髪の少女を見つけた。

 そして僕は、今度は僕が、しばらく様子を伺って、話しかけた。

「君、ここで何してるの?」

 と。

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