第39話 雫の復讐

「何か御用ですか?」


 走って近づいてきた俺達を不審そうな顔で見る女性。そりゃそうだ、俺とは少し面識があるとはいえカエデとは初対面だし俺も別に仲が良い訳では無い。


「えーと、仲良くなりたいなぁと思って!」


「仲良く……?」


「うん!すっごく美人だし、隣のカズト君からも良い人だって聞いたから。私はカエデ、よろしくね」


「よ、よろしくお願いします、私はしずくです」


「雫ちゃん! かわいい名前だね~、あ、敬語やめない? 歳も同じくらいだと思うし!」


「私はどなたに対しても敬語なので......カエデさんはそのままで大丈夫ですよ」


「そっか、分かった! じゃあちょっとお団子でも食べてお話ししようよ!」


「い、いや私急いでい」


「いいからいいから」


 そう言ってカエデが無理やり雫の腕を引っ張って歩いていく。


(カエデはたまにこうなるんだよな~)


 これもカエデの魅力の一つではあるが、振り回される側としては文句の一つや二つ言いたくなる時もある。まあ結局あの笑顔を見たら何も言えないんだが。困った顔を浮かべる雫に同情しつつ、後ろをついていく。



「雫は何でこの国に来たの?」


 俺と雫はみたらし団子。カエデは三色団子、それと各々抹茶を頼んでテーブルを囲んでいる。


「私の故郷だからです」


「そうだろうな、でもそれだけじゃないだろ?」


 雫がジパング出身だというのは船で見た時から予想はついていた。だが、故郷だという理由だけではないと俺の勘が告げている。


「それに関連することですよ、他人に話すことではありません」


 雫の視線が机の上の緑一色の抹茶に落ちる。船の中で見た表情と同じ、どこか暗い感情を宿した瞳。カエデはそれに気づいたのか、あえておどけたように答える。


「え~、私達もう友達でしょ?」


「違います」


「そんなつれないこと言わないでよ~、誰かに話したら楽になることもあるよ? ね、カズト君」


「ああそうだな。俺達は違う国から来たただの旅人。ただの案山子かかしだとでも思ってくれていいからさ」


「ふふっ、強引なんですねお二人とも」


 雫は一瞬顔をほころばせた。初めて見せる雫の笑顔はどこか儚げで、すぐにでも消えてしまいそうだった。そしてぽつぽつと話し始める。


「私はこの国で、長女として生まれました。母は病弱で幼いころに亡くなってしまいましたが、父が男手一つで育ててくれました。母がいない寂しさを忘れさせるほどに愛情を注いでくれました。時に厳しく、時に優しく。国の護衛隊長という多忙な身分でありながら、私と様々な思い出を作ってくれたのを覚えています」


 そこまで言うと、首に下げたペンダントを見つめて大事そうに撫でる。


「一カ月ほど前、私は父への誕生日プレゼントを買いにアリアドネに向かいました。無事に到着しプレゼントを買い終えた私は、久しぶりの水の都を堪能しようとしばらく滞在することにしました。滞在を終えジパングに戻ろうと港に向かうと、人が溢れかえっていました。その中の一人に話を聞くと、大蛇が出て船が出航できないこと、ジパングのを教えて下さいました」


「そんな......」


「私はどうにかジパングへ戻れないか考えましたが、大蛇は私一人ではどうする事もできずただ無為に時間を過ごしました。その間、アリアドネへの出発前に父に言われた言葉をずっと考えていました。『最近、京楽の様子がおかしいんだ』と。京楽というのは父の幼馴染で唯一の親友です。父によると急に挙動不審になったり、酔った時には父のことを羨ましくもあり恨めしくも感じていると明かすこともあったと聞きました」


(京楽? まさかあの噂の?)


「その直後に父の不審死。関係がないと思う方が不自然でしょう? 幸い、少しすると大蛇が冒険者によって倒されたとのことで船が出航できるようになりました。私は父の死の真相を明かすため、そして」


 雫が一呼吸の後、初めて聞く恨みのこもった冷たい声を発した。


「復讐を果たすため、帰ってきたのです」


 雫から発せられる静かな迫力に気圧され、俺たちは言葉を発することが出来ずに固まってしまう。すると雫が作り笑いを浮かべた。


「ごめんなさい、つまらない話をしてしまって。単に誰かに話したかったのか、そうすることで覚悟を決めたかったのか分からないけれど......確かに楽になった気がします、ありがとうございました。では」


 雫は空になったお皿をまとめると席を立つ。俺は「ああ」と短い言葉を発する事しかできなかったが、カエデは違った。背中を向けて去ろうとする雫に思い切り抱き着いた。


「雫ちゃん!」


「カエデさん、どうしたんですか?」


「ごめんね、気軽に聞いちゃって。私に手伝えることなら何でもするからもう一人で抱え込まないでね」


「お心遣いありがとうございます。ではその時はよろしくお願いします」


 "その時"はおそらく来ないだろう。雫は一人で決着をつけるつもりだ。


「絶対だよ、気を付けてね」


 カエデが体を話してそう言うと、雫は頷き今度こそ背を向けて歩き始めた。

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