第37話 黄金の国ジパング

「ピンポンパンポーン」


「ん、朝か……」


 船内に鳴り響くアナウンスの音で意識を覚醒させる。どうやらかなり長い時間眠っていたようだ、窓からは暖かな光が差し込んでいる。隣のベッドで寝ていたカエデも体をもぞもぞさせて起き上がってきた。


「おはよ~、ふわぁぁぁ」


「ああ、おはようカエデ」


 朝のあいさつを交わす俺達のあくび混じりの声に被せるようにアナウンスが開始される。


「おはようございます。ジパング到着まであと一時間となりましたことをお知らせいたします。到着後にもう一度アナウンスは行いますが、到着直後はお出口が大変込み合います。ご予定のある方はお早めの準備をお願いいたします」


 アナウンスの終了と同時に顔を見合わせる。


「あと一時間だって! 早く準備しないと!」


「朝食はレストランだったよな!? 俺は先にレストラン行くからカエデは風呂入っていいぞ!」


「分かった!」


 一秒も時間を無駄にしないために風呂と朝食で別行動をとることにする。大急ぎで準備を済ませ、部屋の中でカエデと一息ついた頃には既に到着まで五分を切っていた。一時間ぶりのアナウンスの音が鳴り響く。


「長旅ご苦労様でした、本船はあと五分ほどでジパングに到着いたします。皆様の旅路がより良いものとなることを願っております。ご乗船頂き誠にありがとうございました」


 最後のアナウンスを聞き終えた俺達は、急いで出口に向かう。他の乗客達も早く外に出たいのだろう、入り口にはすでに人で溢れかえっている。その中に昨夜出会った黒髪の女性を発見した。


「あそこにいる黒髪の女性が昨日話してた人だ」


 耳打ちして教えると、興味津々な目をして女性の元へ向かおうと歩きだすカエデ。しかしかなり急いでいる様子の女性は、急ぎ足で外へ出ていってしまった。


「あ~あ、行っちゃった。ちょっと話してみたかったのに~」


「まあいつか会えるんじゃないか? あの人も目的地はジパングなんだし。それより早く行こうぜ!」


 出口から香る新しい冒険の匂いに気持ちが抑えられず、カエデの腕を引っ張って走り出す。降り注ぐ日差しに視界を奪われるが、目も慣れ瞼を開くと思わず声が漏れた。


「すげえ……」


 目の前には隙間一つなく敷き詰められた石畳の通路が上り坂に伸びていて、その脇には美しく並べられた瓦屋根かわらやねが印象的な家屋が並んでいる。最も目を引くのは通路を上り切った先にあるお城だ。白い城壁に黒い瓦屋根、所々に金と赤の装飾が散りばめられた豪華絢爛ごうかけんらんさは異様な存在感を放っている。


 さらにこの景色を彩っているのは、お城の周りを囲むように生えている桜の木だ。背の高い桜の木から舞い散る花びらは街全体に降り注いでいる。隣のカエデはすっかり見惚れているようで口を開けてポーッとしている。


「口空いてるぞ」


「っ! あ、あくびしてたのよ!」


「ははっ、そういうことにしとくよ。行こうぜ」


 俺が歩き始めると、不満げに口を尖らせたカエデが少し遅れて着いてきた。

 最初の目的地である宿は和風な旅館の外観をしていた。受付を済ませ部屋に入ると、見慣れたフローリング、ではなく畳に出迎えられる。もちろん写真で見た事はあるが実際に目にするのは初めてだった。


「すっごい独特な匂いするね〜でも結構好きかも」


「俺も初めてだけど好きだな、『和』って感じがする」


「分かる〜それになんといってもこの露天風呂!」


 カエデが風呂場の扉を大きく開け放つ。大きなひのき風呂にはお湯が満杯に張られていて、落ち着きのあるウッディな香りが鼻腔いっぱいに広がる。


 そして、目の前に広がる景色は圧巻だった。旅館が少し高い場所にあるおかげか、碁盤ごばんの目のように整えられた街並みがハッキリと見下ろせる。先程より大きく見える桜はさらに存在感を増し、俺達の心を瞬時に奪い去った。


「露天風呂があるって受付のおばあちゃんに聞いた時はテンション上がったけど、こんなに凄いのは予想外だな……」


「ほんとにね……毎日こんな部屋で泊まれるなんて幸せすぎるよ〜」


「どうする? もう入っちゃうか?」


 俺の聞き方が悪かったのだろうか。カエデは一瞬で耳まで真っ赤にする。


「ななな何言ってるの!? 一緒に入るわけないでしょ!」


「そんなこと言ってないだろ! というかそんなこと言うわけないだろ!」


 何とか誤解を解くことは出来たが危なかった。もう少しで一緒に風呂に入りたい変態扱いされる所だ。いや、許されるのであれば是非一緒に入りたいのだが……


 そんなことはさておき次の行動を決める。


「風呂は夜に入るとして、とりあえず聞き込みから始めるか」


「そ、そうだね! どこから行く?」


「まずは鍛冶屋だな! 武器の情報があるかもだしな!」


 新しい武器が手に入るかもしれないという期待。それはこの国についてからさらに増大していた。明らかに日本をモチーフにしているであろうジパング。日本刀ぐらいあってもいいだろう、というかあってくれ。


 次の行動を決めた俺達は一度宿を後にした。

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