第33話 双頭の大蛇

「じゃあ俺達はそろそろアリアドネに帰るよ」


 話が一区切りしたところで帰ることを告げる。メイとスズは少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべてくれた。

 四人で始まりの街の転移陣に向かっている途中、後ろを歩いているメイに腕を引っ張られる。顔を近づけ耳元でささやかれる。


「カズト、カエデとはまだ仮パーティなのよね?」


「そうだけどそれがどうしたんだ?」


「早く本パーティ組んだ方が良いわよ、あんな美人中々いないわ。というかなんでまだ組んでないの? カエデのこと嫌いなの?」


「き、嫌いなわけないだろ! まだ出会って二か月ぐらいだし、第四の国までまだ時間はあるからだな……」


「はぁ~、まあ無理にとは言わないけど誰かに取られても知らないわよ」


「分かってるよ……」


 年下のメイに責めるように言われ少し情けなくなる。カエデとはいつか本パーティーを組もうとは思っているのだが、まだ早い気がしていた。カエデのことは嫌いではないし、カエデからも嫌われてはいない……はず。


 アイテムもステータスもお互いほとんど把握しているとはいえ、共有しても良いと互いに思える信頼関係を築けている自信はない。先日の出来事もあるし、カエデのことは自分の身の危険をかえりみずに助けたいと思えるほど大切に思っている。けれど、この感情がどんなものなのかはっきりと分からない。


(これが今までまともに人間関係を築いてこなかったツケってやつかな)


 今までの人生に後悔は無いつもりだったが、今この瞬間だけは少し後悔してしまった。ただ、まだ仮パーティを組める期間は残っている。第四の国までに関係を深めていければいいだろうと、この件について考えるのを止めることにした。


「じゃあね! メイちゃん、スズちゃん」

「またな」


「また連絡するわ!」

「あ、ありがとうございました」



 転移陣に着いた俺達は別れの挨拶を済ませ、アリアドネに帰還した。既に時刻は二十二時を回っている。


「今日は楽しかったね~」


「良いリフレッシュになったなら良かったよ」


「ありがとね連れて行ってくれて。それに……これも」


 カエデはそう言って右手をじっと見た。どこか愛おしそうな表情を浮かべ指輪を撫でるカエデはとても魅力的だった。俺は目線を逸らし不愛想に返すことしか出来なかった。


「お、おう」


「ふふっ、約束通り明日からはダンジョン攻略に戻るからね!」


 先日のことなんかすっかりと忘れてしまったかのように笑ってはしゃぐカエデに安心する。俺達はゴンドラを漕ぐ手を早め、宿に帰った。





「これすっごいよカズト君!!」


 カエデが振り向いて驚いた顔を向けてくる。俺達はダンジョン内でモンスターと戦闘を行っていた。カエデが癒しの指輪の効果を試したいと言い、わざとダメージを受けるとすぐに体から緑色のエフェクトが現れ体力が回復し始める。


「どんな感じなんだ?」


「えーっとね、なんか温泉に入った時みたいなポワポワした感覚が続くって感じ?」


「なんだかよく分からないな……」


「後でカズト君も装備してみてよ、結構気持ちいいよ」


「そ、そうか。じゃあ後でな」


 少し色っぽく笑うカエデにどぎまぎした俺はぶっきらぼうに返事し、足早にダンジョンの奥に進む。

 その後、特に苦戦することもなくダンジョン攻略を進めボス部屋であろう謎の模様が入った大きな扉まで辿り着いた。


「やっと着いたねぇ」


「ああ、これでジュリの病気を治せるし次の国にも行けるな」


「まあボスを倒さないとだけどね~、大きい蛇らしいけどどんな感じなんだろ」


「一旦扉開けてボスの姿だけでも確認しとくか? 体力や物資的にはこのまま挑んでも問題ないとは思うけど」


「うーん……ロディとジュリのためにも早く薬持って行ってあげたいし、このまま行っちゃおう!」


「了解、じゃあ行くか。ほぼ確実に毒は持ってるだろうし気を付けよう。癒しの指輪があるからって油断したらダメだぞ」


「お互いにね」


 顔を合わせて笑いあってから二人で同時に扉を開く。隣のカエデは既に笑みを消し、真剣な表情を浮かべていた。俺も思考を切り替えこれから始まる戦闘に集中する。


 扉の先はボス部屋特有の円形になっていて、紫色に発光する苔が壁一面を覆いつくしていた。そして、その真ん中の少し奥にはボスモンスターの姿。


【BOSS:ウロボロス Lv.20】


 ウロボロスという名のボスは、全長およそ二十メートルはあるだろう巨体に二つの頭を持っていた。体は毒々しい紫色で、牙から垂れる毒は滴るたびに地面を溶かす嫌な音を響かせる。細長い漆黒の瞳孔が俺達を捉えた瞬間、甲高い鳴き声を放つ。


「カエデ! 右の頭は任せた!」


「了解!」


 双頭である以上、それぞれが独立して攻撃してくるであろうことは予想できる。ソロだったらかなり苦戦していただろうなと、パーティを組んでくれたカエデに心の中で軽く感謝を告げ戦闘を開始した。

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