第32話 右手の薬指

「カズト君!」


 ラン・ウルフロードを倒し、闘技場を出た所でカエデが駆け寄ってくる。その後ろからはメイとスズも走ってきている。


「カズト! 本当にクリアしちゃうなんて驚いたわ」

「す、すごいですカズトさん」


 二人から称賛され、胸を張ってドヤ顔を決める俺。少しこの気持ちよさに浸っていようと思ったが、それは無理そうだ。

 気が付くと闘技場の周りにいた大勢の観客も初のミニゲームクリア者である俺を取り囲むように集まってきている。面倒事に巻き込まれそうになった俺達四人は、逃げるようにその場を後にした。




「いや~、それにしてもあのでっかいやつ強かったねぇ」


「まさか火を吐いてくるなんてな、流石に予想外だったな」


「カエデはあれで倒されちゃったもんね~」


 メイがからかうように言うとカエデが頬を膨らませ、少し拗ねたような表情を作る。何か反論しようと口を開きかけたカエデだったが、それに被せるように口を開く。


「まあまあ、俺が狙われてたら倒されてたのは俺の方だったよ」


 事実そうだったという気持ちと、後で被害を受けるのは俺なのは明白だからという保身のため、カエデの機嫌を取る。開きかけた口を閉じ、満足そうにうなづくカエデを見て一安心した。


「カ、カズトさん! 掲示板がすごいことになってます……」


 スズはメニュー画面を操作しながら驚いた表情を作っている。俺達三人はスズに倣って掲示板を覗いてみると、お祭り騒ぎになっていた。


『あのミニゲームさっきクリアしたやつがいるらしいぞ』

『本当か? まだ誰もクリアしてないって噂だけど』

『男と女の二人組だったらしいぜ。しかも女の方は超美人だとよ』

『どんだけレベル上げてるんだよ……死ぬのが怖くないのか?』

『いくら現実で死ぬわけじゃないって言っても目覚めないかもしれないんだしな』

『頭イカレてるんだろ、そんなことより報酬の装飾品どんな効果なんだろうな』

『今はそいつしか知らないんだよな……ずりい』

『まあもう少ししたらクリア者も増えてくるだろ』



 ある程度掲示板の書き込みを見終わった俺達は顔を見合わせる。俺が優越感に浸った表情を浮かべるとメイが疑問をぶつけてくる。


「そういえばクリア報酬の【癒しの首輪】ってどんな効果だったのよ」


「気になるか? 教えてやっても良いけど何かの情報と交換じゃないとな~」


 俺が悪戯っ子のような表情でいじわるすると、カエデが呆れたようにため息をつく。


「カズト君、大人げないよ」


 カエデからの蔑むような視線と、それに倣ったメイとスズの視線に俺は降参することしか出来ない。少し意地悪しただけなのにという気持ちもあったが、美少女三人にこんな視線を向けられたら反抗する意思も湧かなかった。


「じ、冗談だよ……効果は『装備者の体力を一秒間に一パーセント毎回復する』って感じだ」


「凄いわね、序盤で手に入るものとは思えないわ……」


「そうか? あれだけ難しいミニゲームをクリアしたんだから当然だろ。それより……」


 そこまで言って少し言い淀んだ俺を三人が不思議そうな目で見つめてくる。後で言うべきだったかと少し後悔したが、もう後戻りはできない。癒しの指輪をカエデの目の前に差し出す。


「これはカエデが付けておいてくれ」


 そう言った俺の顔は赤く染まっているだろう。全身の熱が駆け上り顔に集中しているのを感じる。チラッと隣に座るカエデの方を見ると、カエデの顔もかなり赤く染まっていた。正面に座るメイはニヤニヤと、スズは手で顔を覆ってあわあわしている。


「カズトったら大胆~」

「あ、あうう……」


 なんだこの羞恥プレイは、と思いもう一度カエデを見るといまだに顔を赤く染めていた。初めて見る表情のカエデが少し躊躇しながら手を伸ばす。


「あ、ありがたく貰っておくわ」


 強がるようにそう言って指輪を装備するためにメニュー画面を操作する。操作を終えたカエデの右手薬指に指輪が現れた。


「どう? 似合ってる?」


 ドヤ顔で右手を俺に見せてくる。だが無理をしているのだろう、右手は震えているし顔もまだ赤いままだ。


(そうまでして俺をからかいたいのか)


 確か、右手の薬指の指輪は恋人の証だったはずだ。からかわれているだけだとは理解していても、流石に照れてしまう。


「あ、ああ。似合ってると思うぞ」


 白銀のリングにエメラルドグリーンの宝石があしらわれた指輪は、カエデの白く長い綺麗な指にとてもよく似合っていた。照れ臭さを感じながらではあるが、正直に褒めた俺の言葉が意外だったのかカエデの顔がさらに赤く染まる。


「……ありがとう」


 顔を赤く染めた俺とカエデ、ニヤニヤしながら見守るメイ、あわあわしているスズ。謎の雰囲気に包まれたまま時間は過ぎていった。

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