第27話 ギクシャクする二人

(思わず抱き着いちゃったけどどうしよう……)


 俺はカエデを助けるためにダンジョン内を死ぬ気で走り抜けた。じわじわと減り続けていたカエデの体力はあと十秒でも遅ければ全損していただろう。間一髪でカエデを救うことが出来た俺は安心感から抱き着いてしまった。


 最初のうちはカエデを失わずに済んだ喜びと、もう少しでカエデを失っていたという恐怖で恥ずかしさなんて感じていなかった。しかし今は別だ。抱き合い始めて十分ほど経ったあたりで急に恥ずかしさに襲われた。


(カエデから離れてくれる気配もない……俺から離れるか? でも絶対に顔赤くなってるし、またからかわれるよなぁ)


 恥ずかしさを自覚した俺は顔が赤く、熱くなっているのを感じていた。でもチェリーボーイの俺にとっては、これ以上抱き着いているのも色々な意味で限界だった。


「よ、よしカエデ、そろそろ帰ろうか」


 なるべく自然な感じで離れようとしたけど、ロボットのようにぎこちない動きしかできなかった。俺はもうからかわれるのを覚悟していた。ぎこちない動きに真っ赤になっている顔。


(一週間はからかわれるんだろうなぁ……)


 驚くことにその予想は外れた。離れたカエデの顔を見ると、今までに見たことがないぐらい赤く染まっていた。それに何故かカエデと目が合わない。

 

「どうしたんだ? めちゃめちゃ顔赤いけど体調悪いのか?」


「そ、そうなの! なんかちょっとしんどくて」


 そう言ったカエデはかなり元気そうに見えたが、あんな出来事があった後だし体調も悪くなるかと納得する。俺はさっきのハグで限界を迎えていたが、男の意地を見せる。


「やっぱりそうか、じゃあダンジョン出るまでおんぶして運ぶよ」


 そう言って少しかがんでカエデを乗せる体勢を取る。だがいつまで経ってもカエデが乗る気配はなかった。


「カエデ? 乗らないのか?」


「あ、あ~、なんか治って来たな~もう一人で歩けそうだな~よし帰るよカズト君!」


 カエデは俺に顔を見せない様にダッシュで走り始める。チラッと見えた耳はまだ赤いままだった。


「待てよカエデ! 無理したら悪化するぞ!」


 急いでカエデを追いかけたが、敏捷のステータスを多く振っているカエデに追いつくことは出来ず、そのままダンジョンの出口まで到着してしまった。カエデの顔色は元に戻っていて、本当に体調はマシになったようだった。ゴンドラを漕ぎながら今後のことについて話すことに。


「転移結晶でロディをアリアドネに帰したんだ、もう家でジュリの面倒を見てると思う」


「そっか、そんなことがあったんだ。私のせいで希少な転移結晶を使わせちゃってごめんね……」


「カエデは悪くないよ。元はと言えば岩陰のあいつを見逃した俺のせいだ……ごめん」


 二人してゴンドラの上で頭を下げあう。


「ふふっ、やっぱりカズト君は優しいね」


「そうか?」


「うん、じゃあこうしよう。全員助かったんだし誰も悪くない! みんな頑張った!」


「そうだな、いつまでも落ち込んでても仕方ないよな。よし! ロディも自分のせいだって落ち込んでたみたいだし、早く会って励ましてやろうぜ!」


 そう決め、俺達はロディ達の家に向かう。

 予想通り、ロディは少し落ち込んだ表情でジュリの看病をしていた。自分を助けてくれたカエデを見つけるとすぐに頭を下げる。


「ごめんなさい、カエデさん。僕のわがままのせいで危険な目に合わせちゃって……」


「ロディ君だけのせいじゃないわ、私達にも責任はある。それにこうやって生きて帰ってこれたんだから問題なしよ」


「そうだぞロディ。俺達はみんな頑張ったんだからそんなに落ち込まなくていいんだ」


「でも、このままじゃまた迷惑かけちゃうよ……」


「じゃあこうしよう、ロディはここでジュリと一緒にいてやってくれ。強くなりたい気持ちは分かるけど、妹に心配かけてるようじゃお兄ちゃん失格だぞ? ゆっくり自分のペースで強くなればいいさ」


 ジュリは笑顔でうんうんと頷いている。ロディは少し悔しそうな顔を浮かべたが、責任を感じているのかしぶしぶ提案を受け入れてくれる。


「俺達が絶対に洞窟の奥まで行って薬草取ってきてやるから、信じて待っててくれ」


「ありがとう、気を付けてね」


 ロディとジュリに別れを告げ、宿に帰る。宿に着いた瞬間、疲れを癒すようにカエデがお風呂に入った。いつもより少し長い時間の入浴を終えたカエデは、いつもと違うパジャマを着ていた。普段は薄手のピンク色のネグリジェだったが、今日は黒のスウェットだ。


「あれ? いつもの服じゃないのか?」


「な、なんとなくね」


「へえ、まあそういう気分の時もあるよな。じゃあ俺も風呂入ってくるよ」


 なぜか少し顔を赤くしていたカエデを不審には思ったが、特に追及はしないでおく。正直、いつものネグリジェは体のラインが強調されるのもあって、直視できないほどには刺激的だった。

 風呂を出るとカエデは既に寝る準備を完了させている。俺も今日は疲れたし、カエデに倣って布団に入る。


「おやすみカエデ、明日のことは起きてから決めようぜ」


「そうしよっか、おやすみカズト君」


(ん?)


 やはりカエデの様子がおかしい。いつもなら寝る前に『一緒に寝よ?』とか言ってからかってくるはずなのに。目を閉じる前にカエデに聞いてみる。


「なあカエデ。なんか今日ちょっと様子変じゃないか?」


「き、気のせいじゃない? 私はいつも通りよ」


「いややっぱりおかしい、大丈夫か? 今日だけ一緒に寝るか?」


 俺は心配半分、いつもの仕返し半分でそう言った。すると、


「ばばばばばかじゃないの!? カズト君の変態!」


 カエデは驚くほど動揺し、大声で俺を変態呼ばわりして枕を投げつけてきた。いつもの仕返しをしただけなのに理不尽に罵倒された俺は言い返す。


「いつもカエデが言ってることじゃないか……」


 返事は無かった。カエデは俺に背を向け、耳を真っ赤にしている。何が何だかよく分からないけど、何を言っても逆効果になる気がした俺は一言だけ言った。


「おやすみ」


「……おやすみ」


 少し拗ねたような声が返ってきた。

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