第26話 SIDE-カエデ

 私は退屈していた。


 所謂いわゆる、箱入り娘というのだろうか。小中高一貫の女子高に通い、門限は二十一時。同性の友達とのお泊りでさえも許してくれなかった。


 刺激的なことなんて何一つない。そんな退屈な日々は私にとって苦痛だった。だけど、そんな退屈な日々の中に一つだけ楽しみがある。フルダイブゲームだ。


 フルダイブゲームは灰色に染まった退屈な日々にいろどりを与えてくれた。現実では経験できない景色、体験は私の心をうるおしてくれた。でも、厳格な両親の目を盗んでゲームをしてたから、ちょっとしかできないのは不満だった。


 物足りないな。そう感じていた時、一件の通知が届いた。国が開発に携わったというそのゲームは【クロニクル・オブ・ソード】というらしい。私はもちろんすぐにプレイした。


 【クロニクル・オブ・ソード】は私の想像のはるか上の体験を与えてくれた。五感で感じる全てが新鮮で、NPCはまるで本物の人間であるかのように思えた。このゲームの中なら私は何だって自由に出来た。


 一通り楽しんでログアウトしないと両親に見つかる時間になった。私はログアウトボタンを探したけど、どこにもなかった。それなら寝てログアウトしようと試したけど、次に目覚めたのはお昼になったゲームの中。そして始まりの街に来るようにという通知を受け取った。


 空に浮かぶゲーム庁の長官、斎藤昭はこのゲームをクリアしないと現実世界には帰れないと言った。私はそれを聞いた時、ちょっぴり涙が流れた。それが悲しみの涙なのか、喜びの涙だったのかは分からない。ただ一つの事実は、私はこの美しい世界で自由に冒険できるということだった。


 周りの人々が悲鳴を上げる阿鼻叫喚の世界の中、私はローデンブルグに向かおうと歩き始める。そしたら、私より先に転移陣に向かっている同い年くらいの男の子がいた。少し興味がわいて話しかけてみることにすると、『英雄になる男だ』なんてバカげたことを真面目な顔して言われちゃった。


 そんなこと言う人は初めてで、私はその人のことをもっと知りたいと思ってパーティーに誘ってみる。渋られちゃったけど、何とかパーティーを組むことが出来た。その男の子はカズト君という名前らしい。


 カズト君は英雄になりたいなんて言ってる割に結構抜けてるところがあった。宝箱を見たら何も考えずに突っ込んでいくし、お金は持ってないし。それに私がちょっとからかったらすぐに顔を赤くして目を逸らすの。私だって同年代の男の子と関わったことなんて全くないけど、カズト君はそれ以上にピュアだったからちょっとはしたない女の子だって思われたかも。


 そんなカズト君との冒険はすごく楽しかった。嘘偽りなく今までの人生で一番楽しかった。二人で頑張ってローデンブルグのボスを倒した時なんて、はしゃぎすぎて思いっきりハイタッチなんてしちゃった。


 カズト君は男の子だけど、親友が居たらこんな感じなのかなぁって思ってた。恋愛なんてしたことないから分からないけど、恋愛感情とはちょっと違う気がしてた。アリアドネに着いた時ちょっと寂しくなった。ゲームクリアしちゃったら現実に帰らなきゃいけないから。こんな日々がずっと続けばいいのになあって思ってた。


 病弱の妹を助けるために頑張るロディ君と途中で出会って、三人でダンジョン攻略をしていた。その時、カズト君が通り過ぎた岩陰からグロテスクトードが飛び出してきた。反応できなくてロディ君が吹き飛ばされて、私は反射的にロディ君を助けようと手を伸ばす。ロディ君を助けることは出来たけど、体勢を崩しちゃった私の目の前に水面があった。水に飲み込まれる前、カズト君が手を伸ばしていたのが見えたけど、手が届く前に私の目の前は真っ暗になった。



──あれ、その後どうなったんだっけ?




「ん……ここどこ?」


 目覚めると、見たことのない小部屋の中にいた。


(ロディ君を助けた後、水流に飲み込まれてここまで流されたの?)


 スキル【共鳴】のおかげでカズト君がこちらに向かってきているのは分かっている。助けに来てくれているんだろう。状況を把握するために周りを見渡すと、謎の卵がいくつか落ちていた。


「卵? なんでこんな所に……」


 近づいて卵を観察してみると、が入り始めた。ひびの向こうに紫色の皮膚が見えた瞬間、近くの岩の裏にダッシュで向かう。


(あの卵全部ポイズンサーペントなの!? 囲まれたらまずい!)


 すぐさま岩の後ろに隠れる。岩裏から卵の場所を覗き見ると、次々とポイズンサーペントが孵化を始めていた。岩壁に囲まれた部屋には出口が一つしか存在せず、唯一気づかれずに脱出できるチャンスを失ってしまった。


(一か八か走って脱出する? ううんダメよ、脱出した先にモンスターがいないとは限らない)


 部屋の中には既にポイズンサーペントが六匹存在していた。一、ニ匹程度なら一人でも対処できるけど流石にこの数は無理だ。


(このまま音を立てないようにカズト君を待つしかない……か)


 まだカズト君の位置はかなり遠い、三十分はかかるだろう。その間、音を立てないよう細心の注意を払い続ける。見つかってしまったら死ぬ可能性が高いという事実に、緊張は最大限まで高まっていた。


 一秒一秒が過ぎるのがじれったいほどに遅く感じる。だんだんと近づいてくるカズト君の気配だけを希望に、息を殺して待ち続ける。



 何分経っただろう、カズト君の気配がすぐそこまで来ている。この調子だと五分もすれば合流できる、そう思った瞬間少し気が緩んだ。少し動いた足が小石にぶつかり、音を立ててしまった。部屋の中のポイズンサーペントが一斉にこちらに向かってくる。


「っ!」


 気づかれた以上、全部倒すしかない。そう覚悟を決め剣を振るう。一匹、二匹。全てのスキルを使用して倒すが、スキル使用直後の無防備なところを狙われ全身に毒を浴びる。全身に感じる不快感、徐々に減り続ける体力、襲ってくる四匹のポイズンサーペント。死神の足音が近づいてくる。


 少しでもダメージを食らわない様に剣を体の正面に構えて防御の姿勢を取る。回復薬や毒消しを使用する暇はなかった。毒のダメージで減り続ける体力は、すでに半分を下回っている。


(助けて……カズト君……)


 毒のダメージが徐々に自分の体力を蝕んでいくのを見ていることしかできない。カズト君の気配はすぐそこまで来ているが、体力ゲージは赤色に変化し、残り一割しか残っていない。


 諦めかけたその時、カズト君が物凄いスピードで突っ込んできた。新たに習得したと言っていた範囲攻撃スキルでポイズンサーペントを吹き飛ばすと、茫然ぼうぜんとしている私の口に大量の液体を突っ込まれた。


「カエデ! もう大丈夫だ、よく耐えてくれた。後はそこで見ててくれ」


 カズト君は私をお姫様抱っこで岩の後ろに運んでくれて、安心させるようにそう言ってくれる。私は体力は回復してたけど、腰が抜けて立つことは出来なかった。


 一人で戦うカズト君の姿はすごくカッコ良かったし、強かった。戦う姿にポーッと見惚れていると、ポイズンサーペントを全滅させたカズト君が走ってくる。お礼を言おうと立ち上がろうとしたら、そのままの勢いで突っ込んできたカズト君に抱きしめられた。


「間に合ってよかった……遅くなってごめんな」


 そう言ったカズト君は少し震えていた。私は突然抱きしめられて顔中が熱くなって、体が固まってしまっていたけれど、頑張ってカズト君の体に腕を回して強く抱きしめ返す。


「ううん、カズト君のおかげで助かったんだよ。ありがとう」


 私達はしばらく無言のまま抱き合って離れなかった。その間、私の顔が真っ赤っかだったのはカズト君には内緒だ。

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