第25話 一瞬の油断

 翌日約束通り十三時にロディを迎えに行くと、ロディはもう準備を済ませていたようですぐに家から出てきた。


「じゃあ行くか、ロディ。回復薬と毒消しは持ってるか?」


「持ってない」


「じゃあ俺の分けてやるから、もしシーサーペントに嚙まれたらすぐに飲め。あと回復薬もな」


 何一つとして必要なものを持っていないロディに、アイテムを渡してダンジョンに向かう。入る前にカエデに小声で作戦を伝えた。


「カエデはロディの近くで守ってあげてくれ、戦闘は基本的に俺が担当する」


「了解。ロディ君は私に任せて」


 俺が前衛で索敵と戦闘を行い、カエデにはモンスターが隠れていた場合に対処するために護衛に回ってもらう。この作戦でダンジョンの攻略を順調に進めていき、マッピング率が50%を超えた。その時、今まで白く発光していた苔が、ある場所を境に紫色の光に変わった。


「カエデ、恐らくここからモンスターの種類が変わる。気を付けろ」


「分かった。ロディ君も注意してね」


「ああ、自分の身くらい自分で守るよ」


 強がるロディは生意気なガキ大将みたいで可愛かった。思わず頭を撫でそうになったが不機嫌になるのは目に見えていたから辞めておく。

 少し進むとシーサーペントが現れた。しかし今までの緑色の体ではなく、毒々しい紫色をしていた。


【ポイズンサーペント:Lv.15】


(ポイズンだと? 今までのシーサーペントには毒は無かったのか?)


 俺達は毒を警戒し続けていたからか、攻略を進める中でシーサーペントの牙に触れることは無かった。それ故にシーサーペントに毒があるかないかをまだ把握出来ていなかった。


「カエデ! こいつが毒持ちだ!」


 振り向いてカエデに伝える。その一瞬目を離した隙を見逃してはくれなかった。俺は右足に何かがぶつかった衝撃を感じた。


「なんだ!?」


 違和感を感じた右足を見ると、紫色の液体がまとわりついていた。それを認識した直後、毒ダメージを受けた時特有の不快な感覚が俺の右足を襲う。


(遠距離攻撃持ちかよ!)


 心の中で悪態をつく。距離を開けて戦うのは愚策だと判断して、すぐさま『チャージスタブ』で距離を詰める。ポイズンサーペントが大口を開けて待ち構える。牙にも毒があるのか、紫色の液体を光らせていた。俺の攻撃を一度耐え、噛みつこうと体を伸ばしたところを『カウンター』で迎え撃つ。


「毒飛ばしてくるなら先に言っといてくれよ……」

 

 ポイズンサーペントの消滅を確認し、誰でもない誰かに向けてつぶやく。毒消しを飲むとサーッと不快感が消えた。


「どうだった? 初めての毒状態の感想は?」


 カエデが恐れ半分、興味半分の顔で聞いてくる。


「最悪だったよ、今までで一番不快だった」


 脅すように少し大げさに返すと、カエデは心底不快そうな顔をした。シーサーペントの上位種がポイズンサーペント。グロスフロッグの上位種はどれだけキモイんだろうか。それを見た時のカエデの反応が楽しみになってきた。



「きゃああああああああああああああ!!!!!!!」


 俺の予想通り、いや予想以上にグロスフロッグの上位種は気持ち悪かった。より大きく、よりぶつぶつとしたその体を見たカエデは空間を震わす悲鳴を発した。ロディは取り乱すカエデに若干引いていた。


【グロテスクトード:Lv.15】


(トードってガマガエルって意味だっけ?)


 そんなとりとめもないことを考えながら、グロテスクトードとの戦闘を開始する。進化したのはその見た目の気持ち悪さだけなのか、特に苦戦することもなく撃破することが出来た。その後少し探索して、アリアドネに帰還した。


 次の日からは、俺とカエデそれにロディを加えた三人でダンジョン攻略を行った。四日後、マッピング率が70%を超えたところで、地面を流れる水路が太く激しく流れ始めた。


「気を付けろよ、落ちたら流されるぞ」


 後ろを歩くカエデとロディに向かって注意するように告げる。水路は洞窟の奥深くまで続いていて、流されたらどこに流れ着くのか予想も出来そうになかった。その時、俺は通り過ぎた大きな岩の後ろに隠れたグロテスクトードを見逃してしまった。


「ロディ君!!」


 カエデの叫び声が聞こえる。後ろを振り向くとロディがグロテスクトードに吹き飛ばされ、流れの早い水路に落ちそうになっていた。カエデはロディの手を取り、地面に戻すために引っ張る。しかしその反動でカエデが水に飲み込まれてしまう。俺は急いで手を伸ばしたが、その手はカエデに届くことは無かった。


「カエデ!!」


 カエデは水流に飲み込まれ、姿が見えなくなった。スキル【共鳴】によりカエデが物凄いスピードで遠ざかっていくのを感じる。ロディを吹き飛ばしたグロテスクトードは既にどこかへ消え去っていた。


(どうする!? カエデを追いかけたいが一人でロディを守りながらは無理だ!)


 カエデが離れていくのを感じながら、焦る頭で考える。一度戻ってロディを家に帰す時間はない。唯一思いついた方法をすぐさま実行に移す。


「ロディ!」


「ご、ごめんなさい。僕のせいで……」


「ロディのせいじゃない、そんなことより今すぐにこれを使って自分の家で待っててくれ」


 俺はローデンブルグでミレアから貰った転移結晶をロディに差し出す。ロディを転移結晶でアリアドネに帰して、【共鳴】を頼りにカエデを救出する。これが今思いつく中で全員が生還できる唯一の策だった。


「で、でも」

 

「良いから早く使え! 時間がないんだ!」


 渋るロディに敢えて強い言葉で返す。俺の言葉を聞いたロディはすぐに転移結晶を使用してくれた。すると赤い光に包まれ、ロディは姿を消した。


(よし、後はカエデだけだ。ありがとうミレアさん、バルバロイ三世)


 心の中で転移結晶をくれたミレアさんと、共鳴の青雫をくれたバルバロイ三世に感謝を告げる。そしていまだ遠ざかり続けるカエデを全速力で追いかけ始めた。

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