第23話 怒りのビンタ

「この洞窟の奥に大蛇がいるんだね」


 俺達はアリアドネの東門を出て洞窟に到着した。ゴンドラを降り中に入ると、奥に向かって小さな水路が流れている。洞窟内の空気はかなり湿気を含んでおり、白色に光る苔のおかげで光源には困らなさそうだった。


「よし、二つ目のダンジョン攻略だ。毒持ちのモンスターには要注意だぞ」


「もちろんわかってるわ、毒消しは常に使えるようにしておきましょ」


 ダンジョンは緩い下り坂になっていて、地面がぬかるんでいることもありこけないように注意しながら進む。ある程度進むと、小さい緑色をした蛇のようなモンスターが現れた。


【シーサーペント:Lv.12】


「こいつがシーサーペントか」


「あんなに美味しかったのに!? 私、蛇を食べてたの……」


「胃の中に入ったら何でも同じだろ! そんなことより戦闘に集中しよう、牙に当たらないようにな」


 蛇を食べていたという事実に落ち込むカエデを集中させる。シーサーペントは鋭い牙を持っており、牙に触れたら毒状態になる可能性が高い。

 すぐにシーサーペントが大口を開けて襲い掛かってきた。迎え撃つように剣を薙ぎ払うと、シーサーペントはあっさりと消滅した。


「あれ? 一撃か?」


「毒を持ってるだろうから体力が少ないのかもね」


 あっさりと勝利し困惑してしまったが、楽に勝てる分は問題ないだろうとダンジョンの攻略を再開する。少し進むと次に現れたのは、大きくて変な色をしたカエルだった。


【グロスフロッグ:Lv.11】


「きゃああああああ!!!!」


 カエデが鼓膜が破れるかと思うほどの甲高かんだかい悲鳴を上げる。グロスフロッグはその名の通りグロテスクな見た目をしていて、男の俺でも目を逸らしたくなるほどだった。


(こいつの肉を食べてたらカエデはショックで死んでただろうな……)


 心の中で少しホッとする。カエデはもう完全に目を瞑ってしまっているため、俺一人で戦闘することに。距離を開けて出方を伺っていると、おもむろに口を開け長い舌で攻撃してきた。


「くっっ!」


 間一髪でガードする。グロスフロッグはぴょんぴょんと壁の横に張り付き、軽快に移動を繰り返す。


「カエデ! 一瞬借りるぞ!」


 俺は目を瞑って使い物にならないカエデの剣を借りて、グロスフロッグの舌攻撃を待つ。距離を保っていると、予想通り俺に向かって舌を伸ばす。舌を回避し、カエデの剣で上から突き刺し地面に貼り付けにする。


「これで動けないだろキモガエル!!」


 舌を固定されて動けないグロスフロッグに向かって『チャージスタブ』を発動させる。勢いをつけた突進とともに突き出した剣はグロスフロッグの体を串刺しにし、消滅させた。


「終わったぞ」


 まだ目を瞑り続けているカエデに告げる。


「ほんと? ごめんねカズト君」


 何もできなかったのを申し訳なく思っているのか、カエデは謝罪した。いつもはからかわれる側の俺は、しおらしそうにするカエデに少し嗜虐心しぎゃくしんが刺激されてしまった。グロスフロッグを撃破した際に入手したアイテムで、思いついたイタズラを決行する。


「大丈夫だよカエデ、良いアイテムもゲットしたしな!」


「ほんとに? レアなアイテムとかドロップしたの?」


「超レアなやつがな。ほら、これだ」


 俺はそういって、先ほど入手した【グロスフロッグの舌】をカエデの目の前に出現させた。


「きゃああああああ!!!!」


 カエデは先ほどと同じような悲鳴とともに、グロスフロッグの舌を投げ飛ばした。


「何するんだよ! せっかくゲットしたのに!」


「かーずーとーくぅん?」


 振り向くと鬼のような笑顔をしたカエデがいた。笑顔を作ってはいるが目の奥は全く笑っておらず、俺への殺意がほとばしっている。焦った俺は選択肢を間違えた。


「い、いやカエデ、今のはほんの出来心というかなんというか」


「やっていいことと悪いことがあるでしょ! あと言い訳より先に謝罪でしょ!!」


 そう言ったカエデは俺の頬に右手をフルスイングさせた。左頬に大きな紅葉を張り付けた俺は、今度こそ誠心誠意謝罪した。


「申し訳ございませんでしたカエデ様。悪ふざけが過ぎてしまいました」


「次同じようなことしたら絶交だからね」


「はい、二度としません」


「よろしい。じゃあ攻略再開しましょっか、私も慣れられるように頑張るからそれまではお願いね」


「かりこまりました」



 無事にカエデ様の許しを頂き、ダンジョンの攻略を再開する。マッピング率が5%を超えたあたりで帰ることにした。


「どうだカエデ? そろそろ戦えそうか?」


「目は開けられるようになったから明日には大丈夫かも……」


「そりゃ良かった、じゃあ今日は帰ろうぜ」


 ダンジョンの入り口に停泊させていたゴンドラを操縦して宿に向かう。

 帰る途中、初めて経験する夜のアリアドネの街並みに俺は心を奪われた。水面みなもに反射する満月の光や街灯は、ここがゲームの中だというのを忘れさせるほどに幻想的だった。


「綺麗……」


 カエデも俺と同じように心を奪われていて、うっとりしているカエデの横顔は景色に劣らず綺麗だった。照れ臭さを隠すようにおどけて話す。


「グロスフロッグの後にこんな景色が見れるなら、ダンジョン攻略も頑張れるってもんだな」


 カエデが表情を一変させて俺をにらみつけた。


「すいません、冗談です」


 俺達はゴンドラを漕ぐ手を少し緩めた。二人でこの景色を心ゆくまで堪能し、ゆっくりと宿に帰った。

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