第9話 カエデとの出会い

「あなたは怖くないの?」


 転移陣に入る少し手前で、後ろから声を掛けられる。悲鳴が鳴り響く地獄のような状況のおかげか、その声はより美しく俺の耳に届いた。


「俺は英雄になる男だからな」


 なぜそんなことを言ったのかは分からない。ただ、このゲームをクリアて世界を救った英雄になる。その決意を誰かに聞いてほしかったのかもしれない。そして振り返って美しい声の主を見つけた瞬間、格好つけたことを後悔した。


 腰の辺りまで伸びる栗色の髪の毛、大きな瞳は髪の毛と同じ綺麗な栗色で、この世のものとは思えないほどに綺麗だった。俺のダサいセリフを聞いたその美しい女性は、一瞬驚いた顔をしたがすぐに少し声を上げ無邪気に笑って言った。


「変わった人ね、英雄を目指してるということは最後の国のボスモンスターを倒すってこと?」


 会話が続くと思ってなかった俺は少し驚いたが、答える。


「もちろん、今から第一の国のダンジョン攻略に向かうんだ」


「そうなんだ、私もちょうどダンジョンを攻略しようと思ってたんだよね」


(なんで会話を続けようとするんだ? 綺麗な女性と話すのは悪い気はしないけど、目的が分からないな)


 綺麗な花には棘がある。何の目的もなしにこんな綺麗な女性が初対面の男と話を続けようとするとは思えず、背中を向けようとしたその時。


「私の名前はカエデ。仮パーティ機能って知ってる? 良かったら私と仮パーティを組んでみない?」


 その声に、背中を向けようとしていた体がピタリと止まる。仮パーティは第四の国クリアまでの期間限定で誰とでも何度でも組める機能のことだったはずだ。確かに可愛い女の子とパーティを組めたら良いなとは思っていたけど、急展開過ぎる。何か企んでいるのか?


「なんで俺を誘うんだ? 別に知り合いって訳でもないだろ?」


「知り合いなんてゲーム内にいないわ。あなたを誘った理由はあんな出来事があった直後なのに、平然とダンジョンに向かおうとしてた所。それと『英雄になる男だからな』なんて真顔で言っちゃう所が面白かったからよ」


「そんな理由だけで? 俺がやばいやつの可能性もあるじゃないか」


「大丈夫、私こう見えても人を見る目には自信があるのよ? しかも仮パーティだからいつでも解散できるんだし。それで、どう? 組んでくれる?」


 そう言われて少し考える。確かに仮パーティであればいつでも解散できるし、一回死んだら二度とゲームに戻ってこれないのだ。裏切られる可能性は低いし、一人より二人の方がより安全にダンジョン攻略も出来るはず。しかも可愛い女の子とパーティを組む機会なんて、これを逃したら二度とないかもしれない。


「分かった。じゃあパーティを組もうか」


「やった! そうと決まったらあなたの名前を教えてくれない? まだ教えてもらってないわ」


「カズトだ」


「じゃあこれからよろしくね、カズト君」


「ああ、よろしくカエデ」


 自己紹介を終えると、早速メニュー画面から仮パーティ登録を済ませる。これでローデンブルグへ一緒に行けるようになったはずだ。一人であればすぐにダンジョン攻略に向かっている所だが、せっかくパーティを組んだんだし情報交換でもしようと思い提案する。


「まだ昼ご飯食べてないんだけど、カエデは食べたか?」


「バタバタしててまだ食べれてないんだよね~、もうお腹ペコペコ」


「それじゃ情報交換ついでに昼ご飯でも食べに行こうか」


「いいねぇ」


 当面の目標を決め、二人並んで転移陣に入った。



 ローデンブルグに着いた俺たちは、ご飯屋さんを探しながら歩いていた。


(そういえば、パーティを組んだ場合NPC達との関係や、ダンジョンの攻略度合いはどうなるんだ?一人一人に独立した世界があると勝手に思っていたけど)


「カエデは一人でゲームを攻略しているとき、NPCと仲良くなったりしたのか?」


「仲良くはなってないけど、いくつか依頼を達成したわ。お金が全然なかったからね」


「なるほどね。ちょっと疑問に思ったんだけどさ、俺の世界とカエデの世界でNPC達との関係値は違うだろ? 今パーティを組んで同じ世界にいるけど、そこら辺はどうなるんだろうな」

 

 浮かんだ疑問を素直にカエデにぶつける。今心配しているのは、アリス達とのことだ。パーティを組んだせいで、アリス達との関係が無かったことになるのはごめんだった。


「私に聞かれてもねえ、その辺はうまくやってくれるんじゃない? ほら、すごいコンピュータで作ったとか言ってたし」


 適当だなと思ったが、まあそりゃ分からないよなとも思う。とりあえず後でアリス達に会いに行こう。そう決めるとご飯屋さん探しを再開した。


 結局カエデの希望で昼ご飯はサンドウィッチになった。俺はもっとがっつりボリューミーなものが食べたかったのだが、一文無しであることを忘れていたためカエデにご馳走になることに。当然俺の意見は却下きゃっかだ。


「そんなんでほんとに英雄になれるのかなぁ?」


 カエデが野菜たっぷりのサンドウィッチを食べながら、からかうように言ってくる。


「人助けをしてたんだから仕方ないだろ? 英雄ってのは困ってる人を放っておけないものなんだ」


 ワイルドボアの肉を使ったカツサンドを食べながら答える。英雄に憧れていることはもうバレてしまったし、開き直ることにした。

 その後も、サンドウィッチを食べながら主にゲームのことについて話し合った。現実の話はほとんどしなかったが、年齢が同じであることは分かった。


「そういえば、アリスっていうNPCの女の子を助けたんだけど、カエデはアリスと出会ったか?」


「出会ってないわ。それがどうかしたの?」


「アリスと約束したんだ、またすぐに会いに行くって。それとさっき話してたNPCとの関係がどうなるのかも確かめておきたい。だから、サンドウィッチを食べ終わったら一緒に来てくれないか?」


「そういうことね。もちろんいいわよ、じゃあ急いで食べましょうか」


 俺とカエデは少し急いでサンドウィッチを食べ終えると、ローデンブルグの北にあるアリスの家へと向かった。

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