第8話 閉じ込められた者達

「……ト、…ズト、カズト!!」


「ん……アリス?」


「カズト! もうお昼よ? いつまで寝ぼけてるの!」


「ああ、起こしてくれたのか。ありがとうアリス」


 回らない頭でアリスに礼を言う。しかし、何かがおかしい。


(なぜ俺はまだゲームの世界にいるんだ? 昨日寝てログアウトしたはずだ。記憶がなくなったのか?)


 回らない頭で必死に考えてみるが、記憶喪失きおくそうしつなどという現実的ではない結論しか浮かばない。難しい顔をしてうなっている俺を見て、アリスが不思議そうにしている。


「カズト、どうしたの? 調子でも悪いの?」


「いや、なんでもないよ」


 そう答えたが、内心俺は焦りまくっていた。フルダイブ歴五年になる俺だが、ログアウト出来ないなんて事象は初めてだ。睡眠でログアウト出来ないなら、メニュー画面からのログアウトを試してみる。


(メニュー画面にもログアウトボタンがないだと? どうなってる、ゲーム側の不具合か?)


 その時、視界の上部に一件の通知が届いた。


『クロニクル・オブ・ソードのプレイヤーの皆様。先日から多くのお問い合わせをいただいているログアウトの件について説明がございます。本日十四時、始まりの街の中央広場付近にお集まりください。』


 やっぱりゲーム側の不具合か。少し安心はしたが、ログアウト不可能というフルダイブゲームの禁忌きんきともいえる不具合は、本来ありえないはずだった。フルダイブ技術が世に広く浸透しんとうする前、テスト段階でログアウト不可能の不具合が頻発ひんぱつしたらしく、それ以降徹底的に対策された。その結果、五年近く一度もその事象は起きていなかった。


(理想のゲームが見つかったと思ったのに、残念な結果に終わったな)


 こんな不具合が起きてしまってはゲームプレイの続行は不可能だろう。さらに言えば〈バーチャルリンク〉自体がしばらく使えなくなる可能性もあると思っていた。事態の把握を済ませた俺は、現在の時刻を確認する。


(あと三十分か。ご飯を食べている暇はないな)


 そう結論付けると、アリス、ミレア、クレイブにお礼を言い、出掛けることを伝えた。アリスは寂しそうな顔をしていたが、俺がすぐ戻ってくるよと伝えるとすぐに嬉しそうに笑顔を浮かべた。



 ローデンブルグの入り口にある転移陣から始まりの街へ転移した俺は、あまりの混沌こんとんぶりに驚いた。不安に押しつぶされそうになり泣きわめく者、怒りを抑えきれず叫び散らす者。


 俺はこの状況をそこまで深刻に捉えていなかった。最悪、少しの間閉じ込められたとしても、現実の自分が死ななければ問題ない。そう考えていたのは、俺はVR空間の中こそが自分の世界だと思っていたからだ。だけど他の大半の人間にとってはそうではない。


 自分は他人とは違う特別な存在だ。などと厨二病チックな考えはもう卒業した俺には、その事実が小さなとげとなって心にチクッと突き刺さる。だが、こういう時は開き直るのが大事だ。


(英雄に憧れて何が悪いんだ。憧れを捨てて、夢を諦めて、あの悪夢のような最期を迎えるぐらいなら馬鹿にされた方がマシだ)


 心の中でそんなことを考えていると、辺りがフッと暗くなる。時刻を確認すると、時計の針は十四時を示していた。集まった人々がざわざわし始める。その時、始まりの街の中央広場の上空に立体映像が浮かび上がる。


『お久しぶりです。プレイヤーの皆さん』


 どこかで見たことのある容姿、声だった。


『ゲーム庁長官の斎藤 あきらです』


 そうだ。ゲーム庁チャンネルでゲームの説明を行っていた、高級そうなスーツを着ていた男だ。


『まずは現在の状況を説明しましょうか。皆さんお気づきだとは思いますが、現在ゲームからログアウトすることが不可能となっています。ですがこれは不具合ではなく、本ゲームの仕様となっています』


 当然のように行われた説明に、広場に集まった人たちが困惑の声を上げる。


『なぜこんなことをしたのかと疑問に思うでしょう。先に言っておきますが、私は皆さんの納得する理由など持ち合わせていません。ただ、自分の作成したゲームの世界を本物の世界にしたかった。それだけです』


 徐々に人々の感情が、困惑から怒りに変化していく。怒号が飛び交う中、斎藤は特に気にも留めず話し続ける。


『皆様の現実の体については心配する必要はありません。既に現時点の全プレイヤー、七万八千九十人の病院への搬送は済んでおります。最後に、このゲームからログアウトする方法を説明いたします。』


 俺は現実の体が死ぬことはないと知ってそっと胸をなでおろしていた。


『それは、ゲームを完全にクリアすること。言い換えれば、十層目のダンジョンの最奥部に存在するボスモンスターを倒すことです。注意点として、ゲームオーバーになってしまった場合二度と復活することはありませんのご注意ください。もちろん現実の皆様が死ぬことはありませんが、誰かがゲームをクリアするまで意識を失うという意味です』


 人々の声は怒号から悲鳴へと変わっていた。


『今話したことは、嘘でも冗談でもなく、事実です。もし誰もゲームをクリアすることが出来なければ、永遠にゲームの世界から抜け出すことは出来ません。全力でこの世界と向き合い、命懸けでゲームクリアを目指してください。以上です』


 すべて話し終わった斎藤はフッと消え、空の色も徐々に本来の綺麗な青色を取り戻していった。しかし斎藤が消えた瞬間、人々の悲鳴はさらに大きくなり街は混乱に陥った。

 


──俺は喜びを抑えるのに必死だった。ただでさえNPCが人間と同じ感情を持っている理想の世界。それに加え、クリアしないと誰もゲームからログアウト出来ないという事実。幼い頃から持ち続けた英雄への憧れは肥大ひだいし続け、この異様な状況でさえもチャンスと捉えていた。

 絶対に俺がクリアして英雄になってやる。固く決意すると俺はローデンブルグへ続く転移陣へ歩き始めた。

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