第7話 一時の休息

「今日はカズトに泊まってもらうことにしたの! お母さん、良いよね?」


 ミレアが買い物から帰ってきて料理を作り終え、四人で晩御飯を食べている時にアリスがミレアに聞く。


「もちろん。カズトくんが迷惑じゃなければいくらでも泊まっていってね」


「ありがとうございます」


 これだけ人から感謝されるのはいつぶりだろう。照れ臭さを隠すようにテーブルの上のシチューを口に運ぶ。


(美味しい……このシチューに入っているお肉は何のお肉なんだろう)


 フルダイブゲーム内の食事は現実のお腹を満たすことはもちろん出来ない。しかし、味はもちろん、食感、匂いまで完璧に再現されている上に、ゲーム内の自分のお腹は満たされるのだ。慣れない内は、ゲーム内でご飯を食べた後は現実でも満腹の感覚が残っていて、あまり食欲が湧かないこともあった。


「このお肉って何のお肉なんですか?」


「これはダンジョンの入り口付近に生息している、ワイルドボアのお肉よ」


 アリスが慎ましやかな胸を張って答える。ボアということはいのしし系のモンスターなのかなと思いながら、ダンジョンという単語にぴくっと反応する。ちょうど良いタイミングだし、ダンジョンについて聞いてみることにする。


「ダンジョンってどんなところなんだ?」


「ローデンブルグ東門から出た先にある岩壁に囲まれた場所よ。ダンジョンは広い迷宮のようになっていて、最奥部にはダンジョンのボスモンスターが眠っていると言われているわ」


「言われている? 実際にそのボスモンスターを見た者はいないのか?」


「分からないわ。ドラゴン、一つ目の巨人、ゴーレム。ボスモンスターについて色々なうわさはあるけどどれも信ぴょう性に欠けるものばかり。王様なら真実を知っているかもね」


 ローデンブルグには冒険者も何人かいるはずだし、重厚なよろいを身にまとった衛兵もいた。それにワイルドボアの肉を食べている以上、ダンジョン攻略をしているはずなのになぜボスの姿が分からないんだろう。アリスにそのまま疑問をぶつける。


「ダンジョンの攻略は誰もしていないのか?」


「冒険者がダンジョンには出掛けているけど、最奥部を目指そうなんて無謀むぼうな人はいないわ。偶にそういう無謀な人がいるらしいけど、その人達は二度とローデンブルグには戻ってこないの。だからダンジョンの入り口付近でモンスターを倒して素材を集めるのが基本ね」


「へえ、そういうことなんだ」


 命懸けでボスを倒そうなんてする物好きな無謀者は中々いないよなと納得する。そしてその無謀者の一人である俺は、思い切って質問する。


「そのボスモンスターの情報を知っているかもしれない王様って、どうやったら会えるんだ?」


 そう口にした瞬間、アリス、そして今まで黙って話を聞いていたミレアとクレイブ、三人揃って驚いた表情を向けてくる。


「一応確認だけど、ボスモンスターに挑みたい。なんて言わないよな? カズト君」


 クレイブが真剣な表情で俺に問う。いずれかは挑むつもりだが、無駄に心配をさせるのも悪いと思い少し言葉をにごして答える。


「一応冒険者のはしくれなんで、今後ダンジョンに向かう予定です。ボスの情報だけでも知っておけば万が一の時により安全かなと思いまして。命を犠牲にしてまでボスに挑もうとは思っていませんよ」


 三人はホッとしたような表情を浮かべる。


「本当に無茶はしちゃだめだぞカズト君。命の恩人に死なれちゃアリスも、もちろん私たちも悲しむ」


「安心してください、老衰ろうすいで死ぬことが僕の夢です」


 少しおどけて答える。


「それなら良い。王様に会う方法だが、冒険者であればダンジョンで成果を上げるのが一番手っ取り早いんじゃないか? ダンジョンは奥に進むにつれて難易度が上がっていく。強いモンスターの素材やダンジョンのマップ情報などは貴重だ。王様直々におめの言葉や報酬を頂けることもある」


 なるほど。ダンジョンは危険と認識されていて、冒険者といえども奥に進むことは命懸け。命を懸けて国のために尽くす者には、それだけの報酬が待っているということか。俺は明日から早速ダンジョンに向かうことを決める。


「ダンジョンに行くのは止めないけど、少しでも危ないと思ったら引き返すんだよ。何があっても命を第一優先に考えること。分かった?」


 ミレアが真剣な表情で言う。


「もちろんです」


 俺も真剣な表情で返す。納得したように笑うと、ミレアは俺に渡したいものがあると言いメニュー画面を操作すると、赤い正八面体せいはちめんたいのアイテムを出現させる。


「それは?」


「これは帰還きかんの結晶というアイテムよ。ダンジョン内でこれを使用するとダンジョンの入口までまで瞬時に戻ってこれるの。今日のお礼よ」


 そんな便利なアイテムがあるのか。そういえばまだ道具屋にも寄っていない事に気づき、明日ダンジョンに行く前に道具屋に寄ることを決める。


「こんな貴重なアイテムまでありがとうございます」


 心から感謝を込め頭を下げた。



 食べ終わった食器をキッチンに下げると、ミレアからお風呂に入ってきていいわよと言われありがたくお風呂に向かう。お風呂場にはクレイブのものと思われるパジャマが置いてあり、『カズト君用』と書かれたメモ用紙が添えられていた。


いたれりくせりだな」


 国へ来たばかりで何も知らない、何も持っていない俺を気遣ってくれているのが伝わり笑みがこぼれる。早速お風呂に入り、頭と体を入念に洗い湯船につかる。


(俺と、人間と同じ感情を持ったNPC達。この世界は俺の求めていた理想の世界そのものだ。この世界でなら俺は本物の英雄になれる)


 そう心の中で確信した。とりあえず今日はもう寝てログアウトすることを決め、湯船を出てアリスの部屋へ向かう。アリスはまだ寝ずに俺を待っていた。


「お風呂はどうだった? 気持ちよかった?」


「最高だったよ」


「それは良かったわ。毎日でも浸かっていって良いのよ?」


 悪戯いたずらっ子のような笑みを浮かべ、からかうように言う。俺も苦笑を返し用意されていた布団に潜る。アリスもベッドに入ると、頬を赤く染めながら言った。


「カズト、今日は本当にありがとう。この恩は一生忘れないわ。おやすみなさい」


「おやすみ、アリス」


 恥ずかしくなってしまった俺は不愛想に返すことしかできなかった。


 アリスが寝息を立てていることを確認した後、俺は目を閉じて今後の計画を立てた。ログアウトしたら現実のご飯を食べて、ゆっくりと寝て、起きたらすぐにログインしてダンジョン攻略だ。


 そしてやってきた睡魔に身を任せ、意識を手放した。

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