兄としてできること

「うるさい、うるさい、喋らないで、お願いだから。」

「ちょっと、どきなさい」

「…うん!」

「いいから、ほら立って」

「え?」

「立ちなさいって!貴方の周りゴミだらけでしょ」

「…」

「 出ていって頂戴。」

「 出てるじゃん」

「家から」

「はっ、意味わかんない!」

いつかは忘れた。自分らしくいられなくなったのは。

僕は子供の頃の自分は何になりたかったのだろうか。漠然とそう思う時が時々ある。なりたいものなどなかったかもしれない。けれど、今の自分は違う気がする。誇れるものも無く。虚しさだけが残っている。あの時、こうすれば良かったなぁなどと思うことも時々ある。時に僕は親に切れたことがあった。言いたくは無かった。でも、理不尽に怒られたことがあった。我慢していた。何度も何度も我慢した。なぜなら、喧嘩が嫌いだったから。やりたくなかったから。

でも、次第に何をしたかも分からず理不尽に言われるのに耐えきれなくなった。何かしたなら分かる。でも何もしてないのに怒られるのは違う。家にいるだけで邪魔。ことあるたびにお金がかかる。声色か目つきかそれとも容姿か、それらが原因で言われたのだろうか。何も僕は悪いことはしていない。耐えれなかった。一度、怒鳴ってしまっては終いだ。その事実だけが残る。


「何、いきなり怒鳴ってきて、フザンけんじゃないわよ。偉そうに。ここはあんたの家じゃないんだから。」


そんなことが何度もあるうちに僕は反発する人と親から認識され、自分自身もその性格だと思う様になった。本当はそうはなりたくなかったのに。反発する度に自分が変わっていく様を実感し、それがたまらなく辛く、悔しくて泣いた。そして、次第に心にセーブがかかり今となっては変わることを心が許してはくれない。僕に残されたのはたちの悪い部分。それだけだ。次第にそれも定着していき自分自身そういう人間なんだと思うようになった。家では毎日毎日、自分の部屋に引き籠もっている。誰かに喋られるたび、近づかれるたびに胸がくーと締め付けられてしまう。僕の心は常にぼんやりと不安が渦巻いている。もう動きたくない。毎日、自分が変わるようで不安で泣いていたあの日々がよぎるから。

今はというと家や学校では自堕落で無関心な日々を送っていた。


けれど、後悔ならあった。妹の存在がそれだった。

懺悔の中、記憶という名のカセットテープを入れ上映する。

そこには幼い頃の妹である莉愛と僕こと斗架の姿があった。

「斗架兄ちゃん、いこ。」

妹が斗架の部屋を開け、ひょこっとあどけなさが残る顔をだす。

「え、どこに莉愛」

「ふふ、大好き」

脈絡がない言葉とともに妹が部屋に飛んできて、ハグをする。

「急にどうしたの。」

質問もお構い無しで妹は斗架の袖を掴むと階段を駆け下り玄関へと向かう。そして、つま先けんけんで莉愛は急ぐように靴を履く。

「ちょ、待って」

と斗架も左手を掴まれ転びそうになりながらつま先を地面に当て靴を履く。

「ほら、いこ」

莉愛は斗架の手をいつも引く。

これが小さい頃は毎度のように行われていた。


しかし、高校生になり、僕は引きこもるようになった。学校でも、僕は隅の方でひっそり日々を過ごした。

唯一、憩いの場であった図書室にも周りの目が気になっていけなくなってしまった。

クソな人生と思うこともできないくらい周囲の目が怖いと感じる。そして、不安が毎度のように襲った。自分は誰にも迷惑はかけたくない。家とは違うんだ。そう思うだけで、日々殻に閉じこもってしまう自分がいる。何なんだよ。我ながらその不甲斐なさを認識する。そして、それが不安をさらに助長させた。休み時間は勉強するふりをして下を向く。色々考えると自然に目に涙が出てしまう。けれど泣くわけにはいかない。そういう人だと思われるから。苦しさを誰にも共有出来ない。もっとも、したくない。自分の中で整理できるからと。そんなことが続くうちにいつしか人の目がさらに怖くなり、目線の置き場すら見失い、黒板すらまともに見れなくなってしまった。18歳となり進路なども決めなければ行けないのにそれどころではなくなってしまった。


そんな中でも妹は声をかけてくれていた。

「お兄ちゃん、食べ物、置いとくよ。」

声をかけても返事が返ってこないが負けじとお兄ちゃんに励ましの言葉をかける。

「むうー、元気出して、お兄ちゃんなら大丈夫だから」

それでも、声がない。莉愛は扉に寄りかかり呟いた。

「…お兄ちゃんは私で泣ける?」

間を開けさらに続けた。

「私は泣けるよ。だって、思い出がたくさんあるからね。…思い出しただけで泣いちゃうよ」

最後の言葉が掠れたように聞こえた。

そういった後、妹は

「入っちゃうよ。」

…とテンションを上げ、僕の部屋に立ち入ってきた。

うわーーこれは…と何かいいたげな顔をする。

汚い部屋だった。

「お、お兄ちゃん?」

毛布を被り、ちょっと顔を出した斗架の姿に驚き、

「いったーたったた」

とふらついた拍子に落ちていた缶につま先をぶつけて痛がっている。

けれど、斗架は反応しない。

莉愛は鳴いた。

ねゃねゃあと猫のマネで、

しかし、あろうことか斗架は、妹を追い出そうと立ち上がり、ドアを閉めようとした。

「うおをーーー」

「ワッ!」

ガタガタガタガタ

斗架の気迫に驚いたのか、莉愛は転んだ。

「痛いよ。フフ!…ごめんね、ちょっと昔を思い出しちゃって。」

尻もちをついた妹は言葉の最中、両手に力を入れて、立ち上がろうとする素振りを見せる。けれど、中々腰が上がらないでいた。やっとのおもいで立つと笑いながら手を振りドアを閉めていく。この時、すでに妹は…

勝手に殺すな!


交換日記を呼んで叫びそうになった。

机でそれを開き少し笑みを出す。

二人して闇んじゃったね。


それが最後に妹が残したものだった。


僕は何かを忘れていた何かを思い出さないといけなかった。

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記憶のフォレスト 秋風のシャア @akikazenosyah

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