第10話 女騎士に圧倒される黒猫
A級冒険者パーティ【久遠の証】。それがミーシャの所属する冒険者パーティであった。メンバーの誰もが華やかで美しい容姿をしており、また、冒険に対して強い意志と覚悟を持っていることが伝わってくる。
まだ時間に余裕があるようなので、美少女四人と触り触られの思考の時間を過ごしていると、腰に剣を携え鎧を身に纏った男が現れ、挨拶をしてきた。
「お前ら、久しぶりだな」
「あら、ジャックじゃない。久しぶり」
ミーシャに『ジャック』と呼ばれた男は黒髪に黒目と、俺にとって馴染み深い容姿をしていた。また、高い背丈に騎士服の上からでも分かる鍛え抜かれた身体が特徴的な青年であった。くそ、このジャックとかいう奴、まぁまぁ顔が整っているじゃないか。しかし、もしお前がミーシャ達に手を出すようなら・・・ふふっ、ここから先はやめておこう。
「今日からよろしく頼む。急遽募集した依頼だったが、まさか【久遠の証】が同行してくれるとは思わなかったよ。幸運だった」
「私達も帝都に向かう予定があったから、ちょうどよかったわ。宿泊費とか節約できるし」
「はは、予算に余裕があったからな。中々良い宿に泊まれるだろうよ」
「へぇ、それは期待できるわね」
ミーシャとジャックは軽快に会話を進める。その様子を見て、俺はなんだか心にぽかっと大穴が空いたような、そんな寂しさを覚えた。俺の、俺のミーシャを返せよっ!
「・・・ところで、素材運搬の護衛が依頼内容だったけど、いったいどんな素材を運ぶつもりなの?騎士団がわざわざ冒険者に依頼を出すなんて、とんだ厄介物な気がするのだけれど」
「僕もそれは気になるな!普通の素材を運ぶなら騎士団だけで充分だもんね!」
ミーシャとエマがジャックにそう質問すると、ジャックは顎に手を添え悩むような素振りを見せた。
「う~む・・・。いくら【久遠の証】と言えど、情報漏洩の可能性を考えるとあまり言いたくないのだが」
「えぇ~、いいじゃん教えてよ!」
「そう言われてもな・・・」
「教えてくれ」と強請るエマに困った様子のジャック。しかし、今まで黙っていたルディアが唐突に口を開いた。
「―――運搬する物はドラゴンの素材、でしょ」
そう言い切ったルディアに全員の視線が集まった。
「昨日の夜募集されたにも関わらず、今日が依頼開始日。そして、その内容は素材の運搬。おそらく緊急性があり、運ぶ素材には騎士団が保険として冒険者を雇う程の価値がある。その条件に当てはまる物は、平和なレパートエアロでは昨日死んだドラゴンの素材くらい」
「なるほど、確かにドラゴンの素材を運ぶとなると納得ね。・・・で、どうなのかしら?」
ミーシャがジャックに視線を向けると、諦めたかのようにジャックは首を横に振った。そして、依頼内容について真実を話し始めた。
「ルディアの推理通り、俺達騎士団の仕事はドラゴンの死体から収集された素材を帝都に運ぶことだ。お前らも知っていると思うが、ドラゴンの素材の価値は非常に高い。この情報がもし漏洩していた場合、もしくはルディアのように正しい予測をした者がいた場合、襲撃されることも考えられるだろう。だから冒険者を雇ったんだ。保険としてな」
「だから報酬が高かったのね。まぁ、ある程度厄介事なのは予想していたから、問題ないわ」
「そう言ってもらえると助かる」
襲撃という言葉を聞いた俺は「物騒だな」と少し驚いたが、ミーシャ達には動揺が見られなかった。ミーシャの言っていた通り、ある程度このような事態を予想していたのだろう。というか、「ドラゴンの素材の価値は非常に高い」だって?おいおい、そのドラゴンって俺が倒した奴だよな。俺にも分け前寄こせよな。
俺がそんなことを考えていると、こちらに向かって何者かがとんでもない速度で走ってきた。あれは・・・女騎士、か?
「うぉおおおおお!!!!」
その女騎士は奇声を上げながら俺達のところへ、いや、俺のところへ突撃してきた
「カンナ・・・」
ジャックに『カンナ』と呼ばれた女騎士は燃えるような赤髪に赤い瞳をしており、ミーシャ達に負けず劣らずの美少女であった。しかし、なんだか残念な雰囲気を彼女からは感じる。
「見たことのない猫ちゃんがいる!!」
「にゃ?」
「猫ちゃん猫ちゃん猫ちゃん猫ちゃん猫ちゃん」
カンナは俺の顔に接触しそうなくらい自身の顔を寄せ、じーっと俺のことを凝視してきた。俺の視界にはカンナの赤い瞳が大きく映っていて・・・。あ、れ、俺の、意識が、カンナの瞳に吸い寄せられて・・・あっ、意識が・・・。
ってあぶねぇ!!なんだ今の!?カンナの瞳にある深淵に吸い寄せられていたぞ!!こわっ!!純粋にこわい!!なんだこのカンナって女は!?
俺がカンナという女騎士に恐怖を覚えていると、カンナは息を荒くしながら話しかけてくる。
「ねぇねぇ、肉球見させてもらってもいい?いいよね!!」
呆然としている俺と【久遠の証】を尻目に、カンナは俺の足を手に持ち肉球の観察を始めた。
「・・・やっぱり!!この子、ドラゴンが死んだ現場にいた猫ですよ!!足の形が一致してます!!」
「にゃ!?」
え!?なんでそんなことが分かんの!?足の形が一致って何!?・・・や、やばい。もしかしてドラゴンを倒したことがバレる?いや、落ち着け。俺が現場にいたからと言って、それが必ずしもドラゴンを倒したという証拠にはならない。落ち着くんだ。
そして、俺は事情を知っているミーシャ達に視線を向けた。「頼む、俺のことをなんとかフォローしてくれ!!」と、そんな意志を込めて視線を送るとミーシャ達と目が合い、彼女達は力強く頷いてから口を開いた。
「な、な、な、何言ってるのよ。ル、ルノアがそんなところにいるわけがないじゃない」
「同感同感。ルノアはそんなとこにいない。そんなとこにいるわけがない」
嘘下手かっ!!
おいおいおい!こいつら嘘つくの下手すぎるだろ、明らかに動揺してるじゃねぇかっ!!!というか体がくがく震えてるぞ!
「カンナだっけ?なんでルノアが現場にいたなんて分かるの?」
動揺して体を震わせているミーシャとルディアに代わって、エマがカンナへと質問した。いいフォローだエマ!すると、カンナは胸を張り、自信満々な笑みを浮かべた。
「ふふん!!私はこの付近に生息するすべての猫を記憶しています!!見た目から匂い、肉球の形まで!!そして一致したんです!!ドラゴンの現場に残っていた足跡と、ルノアちゃん?の足の形が!!一致したのです!!」
へ、変態だーっ!!
こいつ、変態だ!!!見た目から匂い、肉球の形まで覚えているなんて、完全な変態だ!!セクハラで訴えますよ!!!
「す、すごいです。そんなことができるなんて」
クロエちゃん?感心してる場合じゃないからね。俺、このままじゃ大精霊ってバレるかもしれないからね?世界を巻き込んだ争奪戦が始まるかもしれないからね?
「私は世界一の猫好き!!!猫を見分けるなんてことは朝飯前!!そう!!人呼んで・・・猫好きのカンナよ!!」
そのままじゃねぇか!「人呼んで」って言葉を使うレベルに至ってねぇよ!
「この子の名前、ルノアちゃんでしたっけ?ドラゴンが死んだ日に突如現れた猫。そして、その猫の足跡がドラゴンの死亡現場に・・・ふふふ、怪しいですねぇ」
「あ、あ、怪しいってなにが?ま、まさかルノアがドラゴンを倒したとでも言うの?そんな大精霊みたいなことあり得るのかしら?」
「非現実的、非現実的、非現実的」
あ、あの~、ミーシャさん、ルディアさん。とりあえず黙っておいてください。話せば話すほど墓穴を掘っています。掘りすぎて温泉が湧きそうです。
「ん~、本当ですかねぇ」
「こら」
カンナが俺を訝しんでいると、突然カンナの頭に拳骨が落とされた。もちろん、落としたのはジャックだ。
「痛っ!?」
「カンナ、お前何やってんだ。失礼だろ?そもそも猫がドラゴンを倒せるわけねぇんだから、変な疑いかけてんじゃねぇ」
「暴力反対!ジャックは粗暴な男だと、街中に言いふらしてやる」
「はいはい、もう出発だ。お前はこっちに来い」
「は~い」
カンナは不満そうな顔でジャックに連れていかれた。・・・ふぅ、ひとまず助かったみたいだな。危うく俺がドラゴンを倒したことがバレるところだった。だが、相当俺のことを怪しんでいるみたいだな。
これから帝都に到着するまで彼女と共に行動しなければならないのか。なかなか大変な旅になりそうだ。俺はこれからの旅に不安を抱きながら、帝都に向けて出発した。
「ふぅ、うまく誤魔化せたわね」
「完璧な演技」
ミーシャとルディアにはこれからできるだけ黙ってもらおう。
月と太陽、それと黒猫 雨衣饅頭 @amaimanju
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