第8話 精霊っぽくない黒猫

 どうもどうも。大精霊級の魔力を秘めた精霊と判明した男――実際には性別はないらしいのだがそれでも男、ルノアです。いやはや、まさかまさかの一発逆転。俺は自身のことをモンスターの一種なんじゃないかと思い始めていたが、なんと精霊でした。

 これじゃ討伐されるどころか、皆に崇拝される立場になったわけだ。まさに一発逆転サヨナラホームランってやつだ。しかしおかしな事態が発生している。何故か皆が俺を残念な奴扱いしてくるんだ。これってとっても不思議なことなんだと俺は思うよ。


「ねぇ、ほんとにルノアは精霊なの?撫でたら凄く気持ちよさそう顔してるけど・・・。さすがに猫の要素が強すぎないかしら?」


 俺の脇を抱えるように腕を回していたミーシャは右腕で俺の尻や背中を支え、左手で脇を持ち直した。いわく赤ちゃん抱っこってやつだ。そして俺の喉辺りをこれでもかと撫でてきやがった。ふははっ、大精霊級の俺を撫でるとは、あまりに不敬な・・・不敬な・・・あっ、そこ気持ちいい。そこ、そこです。はい、そこです。


「ほんとだ。顔がとろけてますね」

「位の高い精霊は共通して高い知能を持っているはず。こんなに動物の属性が強い精霊は珍しい」

「へ~、そうなんですね。だから大精霊って感じがしないんだ」


 あの、ルディアさん、メアリーさん。もしかしたらその言葉、チクチク言葉かもしれない。知能が低いから大精霊の印象が薄いって言ってるんだよね。それって立派な悪口だよね。ねぇ、そんなに俺ってオーラないかな。一応可愛くてかっこいい猫を目指してるんだけどもね。


「でもどうしましょう。ルノアが大精霊だってことが周りにバレたら、きっと色々な面倒事が起きるわよね。隠していた方がいいかしら」


 俺がルディアとメアリーの言葉に内心落ち込んでいると、ミーシャが少し真剣な表情でそう発言した。えっ、面倒事って何?何か起きるの?


「う~ん、確かに。下手したら全世界の精霊信仰者達がこの都市に押し寄せますね。それだけではなく、各国の王族や貴族もルノアを狙うかもしれません。この都市で大きな騒ぎが起こることは間違いないでしょうね」

「それどころじゃない。ルノアを求めて血に濡れた争奪戦が始まる。多くの犠牲が出る」


 えぇ、それは嫌だなぁ。俺は平和にヒモとして暮らしたいんだ。貴族とか信仰者とか、そういう面倒くさそうなのはいらないな。それに俺が原因で戦争が起きるなんてことも御免だ。


「とりあえずギルドマスターにこの話を相談しましょうか?」


 ミーシャのその提案にルディアは首を振った。


「それはだめ。ギルマスには上司への報告義務がある。上司とは帝都にある冒険者ギルド本部。そこのギルマスは貴族とずぶずぶの関係だから、ルノアが大精霊であることが確実に広まってしまう。そうなればなし崩しに情報が広まり、ルノア争奪戦が始まる」

「じゃあ、これは三人の秘密ってことでどうですか?私達はルノアが大精霊であることを知らなかった。ただの猫だと思っていた。それでいいと思います」

「うん、確かにそれでいいわね。ルノアが大精霊ってことは隠しましょう。ルノアもそれでいいわよね~」


 それでいいそれでいい。大精霊であることを言い触らしたい気持ちもあるが、俺の争奪戦を避けることの方が重要だ。これからはバレたい程度に無双することにしよう。そう考えていた俺の顔をミーシャが覗き込みながらモフモフしてくるので、とりあえず俺は媚び声で返事をした。


「にゃあ」

「今の鳴き声、まるで返事をしたみたいですね」

「返事をしたみたいではなく、返事をした。大精霊は人間の言葉を理解するほど知能が高い」

「そうなの?じゃあ、私が話したことも全部理解してるのね、ルノア」

「にゃあ」


 お前のこと、誰よりも理解してるぜ。


「本当に言葉を理解してそうですね。あっ、そうだ。もしかして、ドラゴンを一撃で倒したのってルノアちゃんですか?というか、他にドラゴンを殺せる存在がいたら怖いので、ルノアちゃんだったらいいんですけど」

「にゃにゃにゃ」


 そうです。僕がやりました。僕があのドラゴンを倒しました。あの強そうなドラゴンを一撃で倒しました。一撃でね。大精霊なので一撃で倒せますから。


「おぉ~、頷きましたよ」

「ドラゴンを倒すなんて凄い。流石は大精霊」

「まさかルノアがそこまで強いなんて・・・」


 ふはははは。気分がいいな。三人とも俺の強さに驚いている。これ、絶対ギャップ萌えしてます。「こんな可愛いのにドラゴンを倒せるほど強いの!?かっこいい!」ってキュンキュンしてますわ。


「でも、強者特有の気配がしないわね。普通の猫にしか見えないわ」

「オーラがない。猫全振りの精霊?」

「なんですか猫全振りって。まぁ言いたいことは分かりますけど。だって・・・」

「にゃあ」

「「「・・・かわいい」」」


 やっぱりだめだ。もうかっこいい路線は厳しいのかもしれない。可愛さ全振り猫でいくしかないのか。まぁそれでもいいんだけど、可愛くてかっこいいほうが最高のヒモになれると思ったんだよな。人生、いや、にゃん生とはうまくいかないものだ。


「そうだ。二つ大きな問題がある」

「問題って?」

「誰がルノアの世話をするか。それと、そもそもルノアに世話が必要なのか」

「にゃにゃにゃ」


 世話必要だよ?俺の体の隅から隅まで世話をしてほしいよ。


「あぁ、それなんだけど、ギルドの皆で世話をしたらどうかしら。猫や精霊は気まぐれらしいじゃない。だったら一か所に束縛することは良くないと思うの。ギルドを拠点として自由に過ごしてもらおうと思うんだけど、どうかしら?」

「いいじゃないですか!ルノアちゃんだったら皆喜んで世話をしますよ。ギルドマスターも許可するはずです。あの人意外と可愛いものが好きなので」


 あのスキンヘッドの『ギルドマスター』、厳つい見た目に反して可愛いものが好きだったのか。なんか可哀想なことしたかもな。次は頭くらい撫でさせてやるか。・・・いや、やっぱりやめておこう。


「ルノア。今のミーシャの案、どう?」


 う~ん。


「にゃあ!」


 あり寄りのあり!!ギルドなら多くの人が訪れる。つまり、多くの可愛い女の子に囲まれて世話をされる可能性が高いってことだ。暇な時間は都市を歩き回って色々な人に世話をされ、ギルドに戻っても多くの女の子に世話をされる。はは、最高の生活じゃないか!!


「これはおそらく『その案いいにゃ!賛成にゃ!』って言ってますね。では、ルノアちゃんはギルドで世話をしましょう。周りにはちょっと変わってるだけのただの猫ということで伝えておきます」

「じゃあ、ルノアをよろしくね。私とルディアは明日から依頼のために街を出るから」

「あぁ、確か帝都に行くとか」

「そうなの。私達のパーティに興味を持った貴族がいるらしくてね。会いたいんだって。つまり接待よ。接待」

「本当に面倒」


 なに!?ミーシャとルディアは同じ冒険者パーティなのか!?というか貴族だと!?まずい。このままじゃ貴族が権力を使ってミーシャとルディアにあんなことやこんなことを!?それだけはだめだ!!俺も行くぞ!!


「にゃあ!!」

「あら、もしかしてルノアも一緒に行きたいの?」

「にゃっ!!」

「そう?う~ん、じゃあ一緒に行く?」

「にゃにゃ!」

「えぇ・・・、ルノアちゃんの世話をしたかったんですけど、まぁ仕方ないですね」

「大丈夫。すぐに帰ってくる」


 こうして、俺はミーシャとルディアが所属する冒険者パーティと共に帝都へ向かうことになった。早速明日の早朝、この都市を出発するらしい。貴族の魔の手からミーシャとルディアを守るついでに、帝都で可愛い女の子に世話でもされようかな~。




「くんくん、くんくんくん。これは嗅いだことのない猫の匂い。間違いない!!あの現場にあった足跡の猫の匂いだ!!きっとそうに違いない!!」

「・・・カンナ、お前いったい何やってんだ?」

「ジャック、この都市に今、新しく来た猫がいるんですよ。そしておそらくその猫は、ドラゴンの死体の近くにあった足跡の持ち主です。きっと何かドラゴンの件に関係があるはず。私の猫専用第六感がそう言っています」

「はぁ。カンナ、頼むからしっかりしてくれ。明日はドラゴンの死体から得た素材を帝都に届ける大仕事だ。訳の分からないことを言ってる場合じゃない。ほら、行くぞ」

「え~、私の予想は合ってると思うんだけどな~」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る