第7話 大逆転をする黒猫

 私の名前はミーシャ・へ―リオス。冒険者ギルド、レパートエアロ支部に所属するA級冒険者よ。ギルドに所属してから五年、今年で十八歳になる新米魔法使いの私だけれど、色々な縁や運に恵まれて最高ランクの一個下、A級冒険者にまで上り詰めることが出来たわ。

  

 今日は休息日だったから適当に街を散策していたのだけれど、突然今まで感じたこともないような大きな気配を感じたの。その気配は力強く自信に溢れる、強者にしか持つことが許されないであろう、そんな強大な気配だったわ。

 そして、その気配が徐々に近づいてきていることに気が付いた私は戦慄とした。あんな気配を放つ者がこの都市に牙を剝いてきたらどうなるかと考えたら、冷や汗が止まらなかった。


 騎士団は私よりも早くそのことに気が付いていたらしく、すぐに街全体へ厳戒態勢が引かれたわ。そのとき騎士団員から伝えられた内容に私は驚愕すると共に納得をした。その内容とは―――ドラゴンがこの都市に向かって飛んで来ている。


 ドラゴン。それはこの世界に存在するモンスターの中でも最上位に位置する空の王者。ドラゴンにも色々な種類が存在するけど、共通していることはただ強いということ。あの強大な気配。ドラゴンが放つ気配ということなら納得ができる。


 私は最悪の事態も想定し、戦う準備を始めた。




 結果としてドラゴンがこの都市に攻撃することはなかった。何事もなく都市上空を通り過ぎていった。もしかしたら圧倒的強者であるドラゴンにとっては、ただの一都市など興味すら持てないのかもしれない。そんなことを考えるまで、私はドラゴンとの実力差を気配から悟っていた。


 私達が今も幸せに暮らせているのは、圧倒的強者が私達のことを見逃しているだけ。ドラゴンはそのどうしようもない事実を私に思い出させてくれた。たかがA級冒険者という称号に満足なんてしてはいけない。これからも努力を続け、守りたいものをすべて守れるほど強くなる。

 改めてそう決意した私は目標を見据えるように、上空を通り過ぎ去っていったドラゴンの気配を目に捉える。すると、あろうことかその気配が北の草原へと降りて行ったのだ。


 ドラゴンが都市近くの草原に降り立ったことに私は恐怖を覚えた。想定した最悪の事態が現実となるかもしれないのだから。でも、その想定が現実となることはなかった。何故かドラゴンの気配が急に消失したのだから。一体何が起きたのか、私は少しも理解することができなかった。そして呆然としている間に、いつの間にか厳戒態勢も解かれていたわ。


 騎士団も馬鹿じゃない。厳戒態勢が解かれたということは、何らかの形で決着がついたということ。どうやら一件落着したようだからと、都市の散策を再開した私はそれから約一時間ほど都市を歩き回ったわ。その散策途中でギルドでドラゴンの件の詳細を聞こうと思いついた私は、家に帰るついでにギルドへ寄ることにした。


 そして噴水広場を通り過ぎようとすると、なにやら何人もの女性が集まって騒いでいたの。「一体何事なのだろうか」と思い騒ぎの中心を覗いてみると・・・。


 なんと、そこには一匹の黒猫がいたのよ!!


 その黒猫はとても可愛らしかったわ!もふもふな黒い毛、ちょっと目つきの悪い黄色い目、それに反して凄く人懐っこくて、頭を撫でさせてくれるし、自分からすりすりしてくることもあって、私を含めたその場にいた女性は皆その黒猫にメロメロだったわ。


 恥ずかしながらその中でも私はかなりの重症に陥ってしまって、ルノアという名前まで付けた挙句、お持ち帰りしてしまったの。だってしょうがないじゃない。可愛かったんだもの。

 そのままルノアを抱っこしながら冒険者ギルドへ向けて歩き始めると、ルノアは抱っこされながら私の体にこれでもかとすりすりしてきたわ。特に胸辺りに。私に対して母性を感じているのかしら。


 それからギルドを訪れドラゴンの件の詳細を聞いた私は驚愕することになった。なんでもドラゴンは何者かに一撃で殺害されたらしい。あの強大な気配を放つドラゴンを一撃で・・・。いったいどんな化け物がそれを成したのか、本当に恐ろしい話ね。

 受付のメアリーと一緒にルノアのモフモフを堪能して恐怖を紛らわせよう。そう考えながらメアリーと話していると、話は思いもよらぬ方向へ。


 ルノアは雄なのか、雌なのか。・・・たしかに性別を確認するのを忘れていたわ。そのことに気が付いた私はルノアの体を見たの。そしたら―――。




「その子、いったい何者ですか?明らかにおかしいですよね」

「確かにそうね。調べてみる必要があるかも」

「にゃ、にゃあ・・・」


 ま、まずい。本格的にまずい。俺が普通の猫じゃないってバレる。というかもうバレてる。あぁ、いったいどうすればこの状況を脱することができるんだ。

 ミーシャとメアリーは完全に俺を疑っている。怪しい奴を見るような目をしている。なんかその目、逆に興奮するかも。いやいや、そんなことを言っている場合ではない。煩悩に支配されている場合ではない。冷静に、冷静に今の状況を乗り越える方法を考えるんだ。


 まず状況を整理しよう。俺はどうやら見た目からして普通の猫ではないらしい。ここまではいいんだ。普通ではないことは素晴らしい個性だから。

 だが、問題は俺がモンスターの一種だった場合だ。その場合、俺は冒険者達に襲われるかもしれない。『ギルドマスター』のぶっとい腕に握りつぶされるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。

 よし、俺は猫のようで猫でない可愛い生物。それでいこう。猫であって猫ではない。言わば『ぬこ』。そう、俺はぬこだ。ぬこ。・・・何言ってんだ俺。

 俺がそんな適当なことを考えている間に話は進んでいたようだ。


「明らかに生殖器がありませんね。つまり、ルノアちゃんはただの猫、いや、ただの生き物ではないということです」

「モンスターの一種か、それに準じた何かか・・・ってわけね」

「判断がつきませんね。人間には友好的なようですし。ルディアさんがいれば色々分かると思うんですけど」


 おぉ!?『ルディアさんがいれば色々と分かる』ということは、裏を返せばそのルディアがいなければ何も分からないということ!!その子が現れる前に隙をついて逃げてしまおう!


「私のこと、呼んだ?」

「あっ、ルディアさん!!」


 え?


 気が付けばミーシャの後ろには見たことがない少女が立っていた。水色の長髪に、眠たげで無表情な顔。何の感情も映さない灰色の瞳。その美少女は三角帽子にローブとまさに魔法使いといった格好をしていた。普段の俺ならば喜んですりすりする相手なのだが―――。


 え、なんで来るの?なんでちょうど来るの?なんでそんなことするの?なんでびっくりさせるようなことするの?なんで上げてから落とすの?ひどくない?ひどくなくなくない?


「ルディア、実はこの子のことを調べてほしいのよ。ただの生き物ではないと思うのだけれど」


 ミーシャはルディアと呼ばれた少女に俺を見せる。ルディアちゃん?断っていいからね?ただで仕事を受けるほど頭の悪いことはないからね?わかったかい?


「わかった」


 よし、わかってくれたか。ってんなわけねぇだろ!!あ~あ、終わったわこれ。完全に終わったわ。もう諦めましょう。これは人類敵対ルート入って、『裏切られたルノア、今更猫なんて言ってももう遅い』やりますわ。やってやりますわ。


 ミーシャは俺の脇を抱えるように腕を回しルディアに向けてこれでもかと見せつけている。

 いつの間にかルディアの灰色の瞳は金色に光っていた。これはもしや魔眼というやつではないか?もしかして俺のすべてを見透かされてないか?


「すごい」


 ルディアちゃん、なにがすごいのかな。人の、いや猫のプライバシーに頭を突っ込むことは確かにすごくおかしなことだね。そのことを言ってるのかな。というかルディアちゃん、俺と名前似てるね。ルノアうれしいな。


「ルディアさん、なにか分かったんですか?」

「この猫、ただの猫じゃない。とんでもない魔力を秘めてる」

「・・・ってことは、ルノアはやっぱりモンスターなのかしら」


 え~、皆さん。完全終了のお知らせです。僕、モンスターらしいです。そっか・・・、俺ってモンスターなのか。はいはい、だったら性欲モンスターになっても文句ないですよね。あんなことやこんなことしても文句ないですよね。どうせモンスターですもんね。


「いや、モンスターじゃない。この子は精霊の一種。そもそも体が魔力で構成されている」

「精霊ですか!?」

「精霊!?」

「にゃにゃにゃ!?」


 え、精霊!?俺、精霊!?精霊ってあの精霊!?うぉおお!まさかの一発逆転きたぁ!!!!!これはモテる!!精霊は流石にモテる!!強くて可愛い猫の精霊は流石に設定盛りすぎでしょ!!


 いやぁ~、ルディアちゃんだっけ?きみ、いい子だね~。あとですりすりしてあげるからね~、モフモフもしていいよ~。


「まさかルノアが精霊だとは・・・一ミリも予想できなかったわ」

「私もですよ。でもルディアさんが言うなら間違いないですね」

「その通り。私の魔眼は魔力や魔素を可視化する。間違えることはない。この子の体が魔力で構成されていて、ものすごい魔力を秘めていることは確実。これほどの魔力、大精霊級。もしくはそれ以上かも」

「えぇ!?大精霊!?」

「本当なの?それが事実だったら今からレパートエアロは聖地になるわよ」

「本当。こんなの奇跡。大精霊級の精霊がこんな人の多い都市にいて、それも友好的なんて、奇跡以外の何物でもない」


 皆さんどうもこんにちは、奇跡の存在こと大精霊級の男、ルノアです。いや~、人という生物は実に愚かであり、私が大精霊として人類を正しい方向へと導いてあげましょう。手始めに私におやつを献上し、喉辺りをなでなでしなさい。さすれば、あなたたちは救われるでしょう。名付けて、猫救済法です。


「にゃにゃ」

「なんか・・・大精霊にしてはルノアって普通過ぎないかしら。こうなんというか・・・」

「貫禄がないですね。何故か大精霊とは思えないです」

「同感。大物特有のオーラがない」


 あれ、モテモテになるはずじゃないの?

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