第6話 とても怪しまれる黒猫
なんとか『ギルドマスター』を追い払った俺は再びミーシャに抱っこされ、共にギルドの受付を訪れることとなった。おそらく『ドラゴンの件』についての詳細をギルドから聞くためだろう。
「こんにちは、メアリー」
「ミーシャさんじゃないですか、こんにちは」
ギルドの受付にはこれまた可愛らしい女の子が座っていた。首元辺りまで伸びる桃色の長髪に、誰もが見惚れるであろう優しい笑顔、つい守ってあげたくなるような華奢な体。彼女こそ、冒険者ギルドという荒れた地に咲く一輪の花であった。
「やっぱりドラゴンの件について聞きに来たんですか?」
「えぇ、そうよ。ギルドマスターから話はある程度聞いたんだけどね」
「そうでしたか。では、念のため一連の流れ全てを説明しますね」
「お願いするわ」
この話については流石の俺もしっかり耳を傾ける必要があるだろう。俺がドラゴンを倒してしまったことで周囲にどのような影響が及ぼされたのか。また、ドラゴンを倒した者が俺であると特定される可能性はあるのか。それを知りたいところだ。
「まず、今から約一時間半前にドラゴンがこの都市に向かって飛んでいることが判明し、騎士団が主体となり都市全域に厳戒態勢が引かれました。その後無事ドラゴンはこの都市上空を通り過ぎていったため、約一時間前に厳戒態勢は解かれました。これが一般市民に向けて明かされている情報です」
「そこまではよく知ってるわ。私も街中でそう聞いたもの。問題はここからよね」
「はい、そうなんですよ。騎士団員の一人が北の草原に降り立ったドラゴンの姿を目撃し、念のため騎士団長を含めた騎士数名が北の草原に向かったところ、ドラゴンの死体が転がっていたようです。そしてなんと、その死体の特徴として頭が消し飛ばされており、その体の損傷の少なさからドラゴンは強大な一撃により頭を吹き飛ばされ絶命したと判断されました」
「まったく、しっかり聞いても本当に馬鹿げた話ね。つまり、ドラゴンを瞬殺できる何かがこの辺にいるってことでしょ?」
「信じられないような話ですが、騎士団の話ではそうなりますね。パニックを避けるためこの情報を統制し、騎士団と冒険者ギルドのみで共有することになりました。現在、多くの冒険者が秘密裏にこの都市の防衛にまわっています。おそらく後三日はこの状態が続くでしょう」
も、もの凄く大事になっている・・・。というかこれ、もし俺がドラゴンを倒したことが周囲に知られたらまずくないか?この都市の皆が俺を化け物扱いし、襲い掛かってくるんじゃ・・・。十分あり得る話だ。あんな強そうなドラゴンを一撃で殺せる奴なんて、正直怖いもんな。はぁ、これが大きな力を持つゆえの苦悩ってやつか。
だが、誰も猫がドラゴンを倒したなんて考えないだろう。俺がドラゴンを倒した事実は隠し通せるはずだ。よし、このことは墓まで持って行こう。
「・・・そういえば、ドラゴンが絶命した現場では猫の足跡があったとの報告もありましたね」
ギクッ!!
ミーシャとメアリーが同時に俺へと視線を向けた。いや、だ、大丈夫だ。バレるはずがない。猫なんてその辺にいくらでもいる。俺がドラゴンを倒したなんてことは特定不可能。もう一度言う、不可能だ。
「なんでも猫好きで有名なカンナさんが言うには、足跡の形はここら一帯に生息している猫のものではなかったようですよ。新しく来た猫さんの足跡らしいです」
「あら、この子は今日初めて見た子よ。今までこの都市で見かけたことはなかったわね」
ギクギクッ!!
あれ?もしかしてバレてる?これもう俺が犯人ってバレてる?っていうか、足跡の形ってなんだよ。なんで猫の肉球の形を覚えてるんだよ。絶対おかしいだろ。そんなことあり得ないだろ。
「その子は今日初めて見た子で、現場に合った足跡も初めて見た足跡だったと。何やら関連性があるような・・・」
ギクギクギクッ!!
これバレてるよね。絶対バレてるよね。実は最初から俺が犯人って分かってて、俺を可愛がるふりして冒険者ギルドまで連行してるよね。あとで『ギルドマスター』のぶっとい腕に握りつぶされるよね。
「もしかしてこの子がドラゴンを殺したのかも―――」
あっ、終わっ・・・。
「―――なんてね。そんなわけないわよね」
「あはは、流石に無理がありますね」
・・・ってなかったーっ!!終わってなかった!終わってなかったけど危なかった!!確実に今心臓握られてた!俺のハートにミーシャの手がソフトタッチしてた!!
もう、ちょっと旦那ぁ。冗談よしてくださいよぉ。僕がドラゴンなんて倒せるわけないですやんかぁ。お茶目なんですからぁ。
「そういえばその子の名前、なんて言うんですか?」
「ルノアっていう名前よ。今日私が名付けたの。黒猫だから『漆黒の英雄』に因んでルノア」
「あ~、なるほど。『漆黒の英雄』ってことはルノアちゃんは女の子ですか?」
「そういえば確認してなかったわ。この子、女の子なのかしら」
ミーシャは俺の体を持ち上げて俺の大事なところを見つめる。あぁ、だめ。そんなとこ見ないで。恥ずかしいから。お嫁に行けなくなっちゃうから。
「あれ、なにもないわ」
「え?どういうことですか?」
え?何もないって?ど、どういうこと?
「だから無いのよ。この子、生殖器とかそういうものが何一つないわ」
「え!?」
「にゃ!?」
無い!?なにも無い!?それってそもそも性別がないってことか!?・・・そういえば、この世界に来てから尿意というものを一切感じたことがない!もしかして俺、普通の猫じゃないのか!?いや、よくよく考えてみれば普通の猫がドラゴン殺せるわけないか!!
やばいやばいやばい!このままじゃ俺が普通の猫じゃないってことがバレる!もしそうなったら、殺されるなんてこともあるかもしれない!ど、どうしよう・・・。
「その子、いったい何者ですか?明らかにおかしいですよね」
「確かにそうね。調べてみる必要があるかも」
「にゃ、にゃあ・・・」
ミーシャとメアリーが俺のことを訝しむように凝視している。あぁ、終わったかも・・・。こ、ここから入れる保険、ありますか?
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