第5話 冒険者ギルドへ行く黒猫

 先ほど広場で出会ったエルフのお姉さんに連れられ、俺は冒険者ギルドへとやってきた。冒険者ギルドの外観は初めて見る俺からしても非常に分かりやすかった。両開きの大きな扉の上に剣や盾、杖などの大きなエンブレムが掲げられており、武装をした人間やエルフ、獣人にドワーフなどが頻繁に出入りしていたからだ。

 ちなみに俺をギルドまで連れてきたエルフのお姉さんの名前はミーシャ・へ―リオスというらしい。親愛を込めてミーシャと呼ぶことにしよう。どうやら彼女は冒険者として活動しているようであり、その仕事関連で冒険者ギルドに用があるようだ。


 ミーシャは控えめに言っても美しい女性である。艶やかな緑色の長髪は靡く度に良い香りがするし、モデルのようなスレンダーな体からはいい香りがするし、なんとなくいい香りがする。すなわち彼女はいい香りがするというわけだ。


 俺を抱っこしたままミーシャは扉を開け、冒険者ギルドの中へと入っていった。ギルドに入ると右側に冒険者受付が設置されており、左側には食堂のような空間が広がっていた。どちらも多くの冒険者らしき人達が利用している。そのファンタジーらしい光景に俺の気分はつい高揚してしまった。


「おぉ、ミーシャか。よく来たな」

「久しぶり、ギルドマスター」


 そうして俺がギルド内を観察していると、筋骨隆々のスキンヘッドの男が俺のミーシャへと気安く話しかけてきた。ミーシャが彼を『ギルドマスター』と呼んでいたことから、きっとこの大男は冒険者ギルドでも高い地位にいる人間なのだろう。だが俺は決して権力には屈しないぞ。なぜなら俺は人間ではなく、猫だから。にゃあ。


「お前が一人でギルドに来たってことは、さっきのドラゴンの件を聞きに来たんだろ?」

「あら、よく分かってるじゃない」


 『ギルドマスター』のその言葉に俺は嫌な予感を覚えた。ド、ドラゴンか・・・。ちなみに俺が倒したドラゴンはきっと無関係だよな。そうだよな。


「ドラゴンが都市上空を通り過ぎた後、私は念のためドラゴンの気配を感知し続けていたの。でも、その気配が北の草原に降り立ったと思ったら、急にその気配が消失したのよ。いったい何が起こったのやら。ギルドマスターなら何か情報が入ってるんじゃないの?」


 あ、それ俺です。間違いなく俺です。はい、俺がやりました。もしかして大事になってる感じですかね。すいません、その場の勢いでやっただけなんです。


「あぁ、その件なんだが騎士団から情報が回ってきてな。なんと北の草原でドラゴンは死んでいたようだ。それも一撃で頭を吹き飛ばされたことが死因らしい」

「い、一撃で頭を・・・?流石に冗談でしょう?」

「騎士団がそんな冗談を言うわけがないだろう。おそらく事実だ。そしてこの情報が事実だとすると、ドラゴンを一撃で殺せる化け物がこの都市の近くをうろついている可能性があるということだ」


 お、俺が化け物?こんな可愛い見た目をしている黒猫を化け物?・・・あぁ、そうか嫉妬か。俺がミーシャの腕に抱かれていることをこのスキンヘッドは妬んでいるんだな。だから俺を化け物だなんて言って、俺とミーシャの仲を裂こうと・・・。まったく、しょうがない奴だな。俺とミーシャの絆はそんなものでは切れないというのに。


「・・・じゃあなんで都市全域に出ていた厳戒態勢を解いたのよ。そんな化け物がいるにも関わらず、もうたくさんの市民が外を元気に歩いているわ」

「馬鹿なことを言うな。ドラゴンを一撃で殺せる化け物が近くにいるなんてことになったら、市民の間でパニックが起きるだろう。そのことを隠して厳戒態勢を引き続けたとしても、ドラゴンが消えたのになぜ厳戒態勢を続けるのかと要らぬ憶測を生むことになる。つまり、厳戒態勢を引くことはできないということだ」

「まぁ、それもそうね。納得したわ」

「ところでミーシャ、その腕に抱えた猫はどうした。お前、猫飼ってたっけ?」


 『ギルドマスター』は俺のことを指しながらミーシャにそう問いかけた。この男は人に指を向けるなと教わらなかったのだろうか。非常識極まりない男だな。それに比べて、俺は常識がある男ルノア。挨拶はしっかりするにゃ。


「にゃあ」

「この子はさっき拾った野良猫で、名前はルノアっていうの。ほら、こんなに人懐っこいのよ。かわいいでしょう?」


 そう言いながらミーシャは抱っこしている俺の喉辺りを撫でてくる。あぁ、やばい。なでなでが気持ちよすぎて思考が鈍る。猫の本能がこのままペットになってしまえと訴えかけてくる。ミーシャ、なんて恐ろしい子。この短時間で撫で方が急速に上達している。


「なぁ、俺も撫でていいか?」

「にゃ?(は?)」


 『ギルドマスター』は俺を撫でようと手を伸ばしてくるが、男に撫でられる趣味など俺にはない。俺はミーシャに気が付かれないように一瞬だけ顔を凄ませ、『ギルドマスター』を威圧した。


「え、こわっ」


 『ギルドマスター』は思わず動きを止める。


「ん?どうしたの?ギルドマスター」

「い、いや、今ルノアが一瞬凄い怖い顔をしていたんだが」

「なに言ってるのよ。撫でられて気持ちよさそうな顔してるじゃない。気のせいでしょ」

「そ、それもそうだな。よし」


 あろうことか『ギルドマスター』はまた俺に手を伸ばしてきた。どうやら威圧が足りないようだな。よし、ありったけの意志を載せて威圧して見せようじゃないか。


『男に撫でられる趣味はない。出ていけ!!我が冒険者ギルドからな!!!』

「やっぱこわ」


 スキンヘッドはまたもや動きを止めた。その様子を不思議に思うミーシャ。


「あら、撫でないのかしら?」

「いや、俺が撫でようとするとルノアが怖い顔をするんだが・・・」

「何言ってるのよ。そんなわけないじゃない。こんなに人懐っこいのに」

「いやいや、絶対に俺だけ嫌っているんだが。確実に俺が撫でようとすると怖い顔をするんだが」

「まったく、おかしな人ね。ルノアはこんなにも可愛いのに。ね~?」

「にゃあ」


 俺は満面の笑みでミーシャに返事をする。


「なんでこれで俺がおかしな人判定されているんだ。納得いかない」

「あなたが変なことを言うからじゃない。ルノアは人懐っこいんだから、あなただけを嫌うわけないでしょ」


 ミーシャは抱っこしていた俺を『ギルドマスター』に渡そうと腕を伸ばした。はぁ、仕方ないか。男だけを嫌う助兵衛な猫だと思われるとミーシャの好感度が下がる可能性がある。大人しく抱っこされてやるか。

 俺はまるで悪徳貴族へ無理やり嫁がされる貴族令嬢のような気持ちで『ギルドマスター』に明け渡された。


「ほら、大人しくあなたに抱っこされてるじゃない」

「・・・ルノアの顔、めちゃくちゃ無表情なんだが」


 あっ、やべ。顔にでてたかも。笑顔笑顔。まったく、どんな相手にも笑顔でなければならないアイドルみたいな気分だぜ。


「あら、本当?・・・笑顔じゃない。満面の笑みだわ」

「あれ、本当だ」

「・・・今日は色々あったからきっと疲れてるのよ」

「そ、そうだな。きっと疲れが出たんだ。ちょっと休むよ」

「えぇ、そうするべきだわ」

「にゃ」


 そうだ。『ギルドマスター』、お前は休んでいろ。俺は女の子にしか興味ないんだ。


「ミーシャ、受付でドラゴンの件に関して詳細と対策を聞けるから、気が向いたら受付に顔を出してくれ。俺は今から休憩室で休んでくるよ」

「了解」

「にゃにゃ」


 そうして『ギルドマスター』は去っていった。悪は去った。一件落着だ。

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