第4話 街へ降り立つ黒猫

「にゃあ♪」


 ドラゴンを一撃で倒した俺は今まさに有頂天であった。猫として異世界転生を果たし、目の前にドラゴンが降り立った時はいったいどうなることかと思ったのだが、まさかこれほどの身体能力を俺が宿しているなんてな。女の子のヒモになる筋道がはっきりと見えるぜ。作戦はこうだ。


 まずは普通の猫を装う。プリティビューティな猫である俺が街を歩けば、僅か数秒でたくさんの人が寄ってくるだろうな。そして目の前でこれ見よがしに「ゴロン」と転がったり、誰かの体に「すりすり」と体を擦り付ければ、誰もが心をキュンキュンさせ俺の世話の権利をかけて大争奪戦が始まることだろう。


 これだけでも十分素晴らしい作戦なのだが、俺はもう一つ先を行く男。どうやらこの世界にはモンスターという人類共通の脅威が存在しているようだ。ならば些か不謹慎かもしれないが、そのモンスターを上手く利用させてもらおう。


 例えば女の子が今にもモンスターに襲われそうになっている、そのような状況を想定するとしよう。そのとき、女の子に前に颯爽と黒猫が駆け付けた。

 「あなたは最近街で大争奪戦を起こした黒猫さん!そこは危ないわ!逃げて!」と、そう女の子は俺に叫ぶだろう。しかし、なんと黒猫はそのモンスターを一撃で倒してみせたではないか。

 

 「あ、あなた・・・。可愛いだけではなくて、こんなにも強かったのね」と女の子は驚き、そしてその話は街全体に瞬く間に広まる。これによって「可愛いのに強い」という最強の属性を身に宿し、俺は街でさらなる人気を獲得し女の子のヒモとなるのだ。ふははっ、我ながら完璧な作戦っ!


 よし、完璧な作戦はできたっ!!早速遠くに見える街へ向かい、ヒモ界の天下を取るぞ!!えい、えい、おー!!


「にゃあー!!」




 ヒモになる。そんな強い意志と覚悟を持った俺はようやく街へとたどり着いた。しかし異世界の景色に気を取られてしまい、街へ到着するまで数十分もかかってしまった。もしかしたら猫の特性が俺に影響を及ぼしているのか、少し気まぐれな性格になっているのかもしれない。


 さて、街へ着いたはいいものの、俺の目の前には大きな壁がそびえ立っていた。あまり知識はないが、これは城塞都市ってやつなのかな。遠くから見た時は分かりづらかったが、街を大きな石壁が囲みこんでいるようだ。

 それに壁の上では物語に出てくる騎士のような恰好をした人々が外を見渡したり巡回をしたりと、様々な作業を行っていた。おそらく街の警備をしているのだろう。初めて異世界の人々の様子を見た俺はなんというか、「本当に異世界に来たんだな」と、そう実感した気分だった。


 さぁ、夢と希望のために街へ入ろう。目の前にそびえ立つ石壁が街を360度囲んでいたとして、おそらく出入りを行うための門が数か所設置されているはずだ。

 「とりあえず石壁に沿って歩き、その門から街へと入ろう」と常人ならば考えるであろう。しかし、今の俺は素晴らしい身体能力をこの体に宿している。こんな石壁、さっさと飛び越えてしまおう。法律?常識?そんなもの知るか。俺は猫だぞ。


 そう決めた俺は壁を飛び越えるために足にありったけの力を込めた。脹脛が「ギチギチ」と音を立て、踏みしめた地面が徐々に沈んでいく。そしてその力を一気に開放すると―――地面が爆ぜた。


「にゃぁあああああ!!!!(ぎゃぁあああああ!!!!)」


 気が付けば、俺は街全体を遥か上空から見下ろしていた。足に込める力の加減を誤った結果であった。

 

 ありったけの力を込めればギリギリ石壁を飛び越えることができるだろう。俺はそう考えていたのだが、その考えは間違えていた。

 力を込めすぎた結果、俺は遥か上空へと飛び上がってしまったのだ。この体が全力を出せばここまで飛び上がってしまうのかと、俺の体に秘められた可能性に対して、もはや恐ろしくさえ感じる。


 そんなことを考えている間に、俺の体は自由落下を始めた。


「(やばい!落ちてる!落ちてる!俺落ちてるぅ!・・・くそっ、どうする!?どうすればいい!?)」


 この状況を脱する方法を俺は必死に考えた。頭の回転を限界まで加速させ、偉大な脳が答えを導き出そうと全身全霊で活動する。―――しかし、答えは出なかった。


「(やばい!死ぬ!死ぬ死ぬ!これは流石に死ぬ!!)」


 俺は街へと落ちていく。急速に地面が近づき、先ほどまで街全体を見下ろしていたはずのに、今ではもう一区画ほどしか視界に入らない。おそらく数秒後には地面に衝突する。


「(死にたくない!うぉおおおお!なんとかなれぇえええ!!!)」


 そう願ったその瞬間、俺の体は空中で「ピタリ」と停止した。


「にゃ?(え?)」


 俺は困惑した。その理由は単純明快で、自分の体が空中に浮いているからだ。どうやら俺の体には空に浮かぶ機能も備わっていたらしい。最近の黒猫は凄いね。




 その後、俺はなんとか無事に街へと降り立った。そして適当にそこらを歩いていると、噴水を中心とした大きな広場に出ることができた。その広場には人通りも多く、俺がヒモになるためには絶好の場所だろう。

 そこで俺は早速そこら辺を歩いている女の子に向かって自身の可愛さをアピールし始めた。これ見よがしに目の前で「ゴロン」と転がってみたり、足元にすり寄ってみたり、「にゃあ」と萌え声で鳴いてみたり。そんなアピールを続けること数分、俺はある真実にたどり着いていた。


 ―――人間って、ちょろい。


「あらぁ、この子人懐っこいわね~」

「そうなんですよ。ほら、こんなに大人しく撫でさせてくれるんです」


 俺の周りは既に人妻風や童顔系など複数の美人によって固められていた。その中には日本では空想上の存在であるエルフや獣人がおり、おやつをくれたり体を撫でたりと俺を存分に甘やかしてくれる。まさに至高の時ってやつだ。


 あっ、そこ。そこもっと撫でて。あぁ~気持ちいい~。って違う違う。俺が気持ちよくなってどうする。俺がこの子たちを誑かすのであって、俺が誑かされるわけにはいかない。俺はこの子たちのヒモになるんだ!!決してペットにはならない!!愛玩動物にはならない!


 くらえ!俺のすりすり攻撃を!


「私も撫でていいかしら。きゃっ・・・もう、甘えん坊ね」


 俺のすりすり攻撃をくらった女の子はにこりと微笑んだ。ふっ、俺の可愛さに胸を撃たれたようだな。だが、俺はここで追い打ちをかけるぞ!!


「にゃあ」


 こうして甘えた感じの鳴き声を出せば!!


「「「・・・かわいい~」」」


 ほら見ろ!!もう皆俺にメロメロだぜ!まったく俺は罪な男だ。わずか数分で何人もの女の子を誑かしてしまった。この子達はいつしか「世話をさせてくださいお願いします」と俺に跪くことになるだろう。俺の異世界生活の未来は明るい。思わずそう確信してしまったよ。ふはははは。


「なでなで~。んふふ、ここが気持ちいいんだ?」


 俺が悦に浸っていると獣人の女の子が俺の喉辺りを撫でてきた。


 あっ、ちょっ、だめだめ。そこ気持ちよすぎる。ちょっ、撫ですぎ。そこやばいって。あっ、あ~。もう俺のこと飼って~。愛玩動物にして~・・・ってちがぁう!!!ちがうだろ!!!!このままじゃペット一直線だぞ!!!気をしっかり持つんだ!!!あ、もうちょっと下。そうそうそこそこ。あっ、気持ちいい。あぁ、もうペットでいいや・・・。


「この子、名前はあるのかな」

「う~ん、首輪がないから飼い猫って感じもしないし、名前はないんじゃない?」

「じゃあさ!私達がつけてあげようよ!!」


 名前なんてなんでもいいからもっと撫でてくれ~。俺の体を思う存分まさぐってくれ~。


「どんな名前がいいかな?」

「黒猫だから・・・クロとか?」

「それじゃ安直過ぎない?もうちょっと捻った方がいいかもね。例えば・・・『漆黒の英雄』にちなんで、ルノアとか?」

「いいじゃんそれ!!じゃあこの子の名前はルノアだ!!」


 なぜかいつの間にか名前が決まっていた。どうやら俺に選択権はないみたいだ。まぁ名前がないのも不便だろうし、これからはルノアと名乗るとしよう。それにしてもルノアか・・・。ふむ、なかなかいいネーミングセンスではないか。俺を名付けたそこのエルフのお姉さん、褒美をやろう。くらえ、いきなり飛びつき攻撃!!


「きゃっ・・・お転婆さんなんだから」


 そう言いながらも優しく受け止めてくれるお姉さん。しかも背中なでなでオプション付きで。素晴らしいサービス精神だ。俺も見習わなければならない。


「そうだ。これから冒険者ギルドに行かなきゃいけないんだけど、ルノアもついてくる?」


 エルフのお姉さんは甘い声でそう囁いてくる。それにしても冒険者ギルドか。異世界転生の定番じゃないか。行ってみたい。俺は行ってみたいぞ、エルフのお姉さん!可愛い受付嬢とかいるんだろ!?そうだろ!?


「にゃあ!!」

「ふふ、行きたいのね?じゃあ、一緒に行きましょ。皆さんごめんなさいね。ルノアはもらっていきます」

「え~、いいな~」

「あとでまた撫でさせてね、ルノアちゃん」


 俺が元気よく返事をすると、エルフのお姉さんは上手く俺の意志をくみ取ってくれたようだ。しかし、たくさんの女の子達が俺との別れを惜しんでいる。たくっ、モテる男は辛いぜ。だが、俺には行かなくてはいけないところがあるんだ。そう!冒険者ギルドへ!!レッツゴー!!


 こうして俺はエルフのお姉さんと共に冒険者ギルドへ向かったのであった。

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