『世界でいちばん透きとおった物語』

 紙媒体の書籍が電子媒体に対して優位に立てる点は何か。

 私が司書の資格について学んでいる過程で幾度となく直面した問題です。


 手触りとか温もり、ページを捲る行為に価値があるから……というのは残念ながら感情論。論理的に、ここは絶対的な優位性があると言うには厳しいものがあります。

 本を手に取る際、他の本と出会う機会があるから……それもまた、Amaz○nのあなたにおすすめとかをより本向きにしてしまえば優位性ではなくなってしまいます。少なくとも膨大な情報から共通項を導くのはAIの方が得意です。


 唯一断言を認められている点と言えば、情報の保存でしょう。デジタルは案外寿命が短くて、情報を半永久的に伝えるには向いていない。その点本は何百年も前のものを研究しうるほどには高い保存性がある。そこは間違いない。

 まあこれも高耐久の電子保存媒体が出てくれば論外になるのですが。本って嵩張りますし。


 要するに、紙媒体でなければならない理由が失われつつあるのです。これも進化の過程での犠牲と言われるとぐうの音もでないのですが。

 とは言え私は紙媒体で読んで育ってきた身、やはり紙媒体の意義は探したいのです。


 

 そうして考え辿り着いた結論の一つが、「ギミック小説」となるわけでして。

 と、前置きが長くなりましたが、ここでようやく本編に繋がります。


 この『世界でいちばん透きとおった物語』は、私が大学に入学して以来読んだ本のなかでは一番とんでもないやつだと思っています。


 最近ブームなのか「一文で作品の性質を引っくり返す」、分かりやすく言ってしまえば一文で種明かしするって作品が多い気がします。   

 一文で種明かしできるほどに単純な、大抵メタ寄りのトリックだけど、それ故に騙しが効かない。しかも下手すればそれ以降の展開がつまらなくなってしまう。ここで語るかはともかく、個人的にそう感じる作品はあります。

 

 私がこの本を手に取るきっかけとして、YouTubeを眺めているときに流れてきた動画があったのです。

 曰く、この作品が本当に面白いとかなんとか。

 そんな面白いって言うなら見てやろうという感情から探し始めました。まあ、無かったのですが。重版前の、どこでも売りきれていて無かった時期に探していたからなのですが。


 ともかくそんなわけで取り寄せて手に入れたそれには「電子書籍化不可能」という文面が表示されているではないですか。


 実のところ私は、この文面に対してかなり懐疑的です。

 この謳い文句、あまりにありふれすぎていて面白味がないと感じるのです。

 「今あなたが手に取っている本がその本です」なんて言われても、電子書籍で通用しない訳じゃない。紙ではなくとも出版された小説であることに変わりはないのですから。

 実際この謳い文句の作品、心の底から「電子書籍じゃ無理だ」とはならないものが多いと感じます。

 ページのフォーマットから弄った作品に対しては認める以外ありませんでしたが。


 だから私、この作品を舐めていました。

 元が「そんなおもろいんなら見てやろう」っていう半ば逆張り精神からですから、期待値としてはそれほど高くなかったわけです。



 さて、この作品、ギミック小説であると同時に完全に初見殺しです。つまり何も知らない状態で読まないと十分に楽しめない小説です。

 つまりですね、ここから先はネタバレになりかねないので、読みたい人はすぐにこのページを閉じてください。

 これで文句言われても私は「どんまい」としか言えませんので。







































 流石にこれぐらい空ければ大丈夫でしょう。というわけで感想を語ります。


 私が読んでいるとき、「こんなんが絶賛されてるの?」と中盤、何なら説明されるその瞬間まで舐め腐っていました。

 そんなに特別面白いわけでもないと思いつつ結末は気になるから読み進めていた、そんな感じです。


 で、終盤ですね。

 読んだ人は分かると思います、あの一文の衝撃。


 私はもうただ笑うしかありませんでした。よくもまあ、こんなギミックを思い付いて、しかも実際に成立させたなと。

 文中に書いてあるんですよ、その方法。ただそれがどれだけ非常識なものか、なまじ小説を書いたことがある分その凄さをいっそう理解できるのです。

 しかもただそれだけでない。もう一つのギミックも並行させているのですから、ただただ呆然とするしかない。やべぇこの人と言うしかない。


 「物語」としては平均だけど、「小説」としては名作という評価をよく耳にしますが、全くもってそうとしか言えません。

 実際「物語」としては並です。残念ながら。

 しかし読む価値は間違いなくあります。少なくとも、カクヨムなどで筆を執っている人たちなら。

 個人的には、紙媒体と言う特性を生かした言わばメタ的ギミックを持つ小説として非常に革命的なものだと考えています。



 そんなこともありまして、この小説は小説業界の変換点となりうるものであると考えたのです。

 「紙媒体」という性質を生かす作品はまあ、多くはないですがあります。とは言えそれを生かした作品の中でも「革命的」とまで言えるものはさして多くはありません。

 『化物語』なんかは高校で読んで以来好きなシリーズですが、あれは文字通り紙媒体という特性を余すとこなく生かした「言葉遊び」がとにかく豊富なので例外です。いつかこちらも語りたいですね。


 何にせよ、こういったメタ的ギミックを持つ作品が案外求められつつあるなと感じます。

 私はそういう流れも、ちょっと嬉しかったりします。

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感情と技法しか見ない小説レポート帳 月夜葵 @geranium2nd

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