#5

 姉の病院に到着したのは八分後だった。


 いつもなら人混みの凄い交差点はニュースの効果があってなのかほぼ無人で、その代わりに広がる深い砂漠はバイクのタイヤに巻き込まれて大きく舞う。申し訳程度の不織布のマスクの隙間から侵略する砂達が僕の喉をひりつかせ、焼け付くように咽せ返る。


「早く……しないと……」


 うわ言みたいに言葉を吐く僕は、いつも処方される喘息の吸入器を取り出して吸い込むと、広大で残酷な大地を一瞥してスーパーカブを滑らせる。


 息を切らして辿り着いた病院のドアには、大きく『砂煙病患者の病室は満室です』と油性ペンで書かれた貼り紙が施されていた。本来なら人感センサーで勝手に開くはずの扉は手動に切り替えられ、僕は重い扉をゆっくりと開ける。


「どうなされました?」


 一階のフロアに設置された受付には、大袈裟にガスマスクをつけた看護師が鎮座して僕に顔を向けて話す。マスクで顔や視線は分からないものの体つき的に多分中年女性だろう。ぎこちない動きの僕は、猫が辺りを窺うように「退院の手続きをお願いしたくて」とだけ答えて看護師を見る。


「退院ですね……患者様のお名前宜しいですか?」

「内藤 栞……僕の、姉です」


 カタカタと慣れた手つきでキーボードを叩く看護師は、「あ……」という拍子抜けしたような声を漏らして液晶から僕に向き直ると、申し訳なさそうに言葉を漏らす。


「内藤様は、その……砂煙病で……」

「知ってます」


 皆まで聞きたくなかった我儘を通すように僕が言葉を重ねると、彼女は迷った様子で壁掛けの受話器に手を伸ばす。


「……砂煙病患者は隔離病棟ですので、手続きにお時間頂きます。少々お待ちを」


 コール音の間で僕に言葉を投げた看護師の『お時間頂きます』という言葉は、僕の焦りを肥大させる。砂煙病を間近で見たことは無いにせよ、まるで硝子の間を通り過ぎる砂時計を眺めているような感覚に囚われた僕は強く唇を噛む。あと一歩……あと一歩で姉に届くはずなのに、揺れる煙を掴むみたいなに朧げな影を追いかけている焦燥感が僕を苛む。


「どれぐらいで終わりますか? それまで姉に会えないんですかッ?!」


 勢い余って受付のカウンターに勢いよく手を付いた僕は、もはや正気ではなかった。

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