第15話 「そきら荘の憂鬱」


この日の打ち合わせは喫茶店ではなくレンタル会議室だった。


そもそも喫茶店の悪質滞在常連として名を馳せていた不動産屋の女が、わざわざ打ち合わせ程度でレンタル会議室を借りているのが怪しかった。


さらにそこに和尚が4人も並んでいる。


ナロウ和尚、


 ライブダイブ和尚、


アスマー和尚、


にせ家族和尚(代表お父さん和尚)


通常、多くても和尚が2人である。5人は明らかに多すぎる。


一つのデスクに並ぶ和尚達を前に、不動産屋の女が仕事内容を告げた。


「今回は大型案件です!」


 女は手に持った資料を4人に配った。


そこに書かれていた文章は、


「そきら荘解体に伴う、除霊作業について」とあった。


「そきら荘?」


その名に驚き、リアクションしたのはナロウだけだった。他の三人に反応はなし。まったく知らないようだ。不動産屋はその状況におかまいなしに、


「そう!そきら荘の除霊の仕事が来ました。大・型・案・件! 今回は4つの部屋の同時除霊を行います!」


「ええっ?」


今度は4人全員が驚き、同時に不満の声を上げた。




「そきら荘の4つの部屋の同時除霊って…それぞれが個別の霊だって判明してるんですか?」


慎重派のお父さん和尚が尋ねる


「もちろん、すでに2度除霊に失敗してます。最初はソロ除霊、続いてデュエル除霊。二度ともに返り討ちにあいました」


他社での失敗の話らしく不動産屋は少し楽しそうだった。


「4和尚同時ギグって、音がかち合って邪魔じゃね?」


音楽的例えを止めないライブダイブも、種類の違う除霊の同時開催に懸念を示した。


「部屋同士の防音はそれなりにありますし、今回は霊を分散し個別に撃破するのがもっとも勝率が高いと判断されました」


「そきら荘って潰れるんですね」


ナロウはそっちの方が気になった。


「ええ、役目を終えたとかで。除霊後に更地になり、マンションが立つ予定です」


「そきら荘って何?」


アスマー和尚もそきら荘の事を知らないらしい。世代ではないのだ。


ナロウはみなに説明した。




そきら荘。


それは過去の超有名漫画家が集っていたアパートの名前。そのアパートでの若き漫画家たちの切磋琢磨は神話的ストーリーとなり伝説となった。


そして、その彼らの神話を再現するを目指して新しい「そきら荘」が作られた。そこに才能ある漫画家やクリエーターを無料で住まわせ、育てようというプロジェクトが生まれたのである。それすらも30年近く前の話だった。


「で、そこからどんな有名作家が巣立ったんだ?」


そう聞かれてナロウは戸惑った。


「新しいそきら荘から生まれた…作家?」


名前が出てこない。まったく聞いたことがないのだ。


「つまり、誰も売れなかったってわけだ」


ライブダイブの言う通りなのだろう。多分、成功者はでなかった。


だから取り潰しになったのか。




もらった資料を読みながら、ナロウは今回の仕事の成功率を測ったが…4組同時除霊は、答えのでない計算式だった。


問題は、そきら荘を知らない他の3和尚だ。除霊を試みようって連中がそきら荘を知らないということが我慢ならなかった。


「とりあえず、そきら荘の青春時代を描いた”コミックロード”だけでも読んでください!今回の除霊の最低限の知識として!」


下手すれば命に関わることもある大型除霊だ。ナロウは危機感を感じていたため、言葉を強くできた。他の和尚達も除霊の手がかりが欲しかったし、ナロウ和尚の事は一目置いているため、「読んではみる」との弱めの同意は取れた。


その様子を見ていた不動産屋は、


「ナロウ和尚、あなたに今回の除霊のリーダーを任せます」


「ええっ?」


ナロウからしたら、リーダ作業なんて面倒事が増えるだけなので拒否したかったが


「ここの全員と面識があり、仕事をしたのはあなただけです。それにみんなのあなたに対する評価も高いですしね」


そう言われたら、やるしかなかった。




「うわぁ・・・」


家に帰ってそきら荘について検索していたナロウは悲鳴のような声を漏れた。


となりにいた いのりが画面を覗いてくる。


「なに変な声出してるのよ」


「そきら荘の自決者の事を調べてたんだけど、きついね、大氷河世代の作家だけが居残ってしまって、老人ホームとかしていたんだけど先月、全部屋で一斉自決。建物全体が事故物件になっちゃったんだって」


「今の時代、どこにでもある不幸よ。たまたま職業がクリエイターだったってだけ、特別扱いするものじゃないわ」


「そりゃそうだけどさー」




ナロウにとって彼らは他人事ではない。


「願ってもなれない」


「成りたいものになれない」


それが今の自分達の真実だった。


ナロウはその夢の脆弱さから小説が書けない。


ライブダイブはバンドを辞めて和尚になった。


アスマーこと入海も声優をやめ、


にせ家族たちは全員が食えない役者だ。


夢を叶えた奴も夢に近づいた奴もいない。


「だったら俺達が救ってやるしかないじゃん」


同じ夢を見れなかった者たち同士として、ナロウにはもう、語るべき物語が見えていた。




その夜、4人の和尚たちはそれぞれの除霊のための準備を怠らなかった。


ライブダイブ和尚は原点であるコミックロードを読み、多くのアニメ化作品から音のインスパイアを受けた。


アスマー和尚も原点を当たり、彼らに響く言葉のセレクトをした。


にせ家族たちも原点から家族のドラマを抽出し、アドリブ劇へと発展させた。


それぞれが除霊する霊たちに対する技術的チューニングを施し、除霊の効果をマックスに高めていた。




当日、昼過ぎのそきら荘前に、9人の和尚が並び立つ。


ナロウ、ライブダイブ、アスマー、にせ家族(父・母・兄・娘・叔母・犬)の計9人


眼の前にあるのは築40年超えの、二階建てコンクリートのアパート。


2階は封鎖され、1階の4部屋のみが使われていた。周辺にはシャベルカーや解体作業の道具が放置され、心霊物件が発覚した時の慌ただしさを感じさせた。


「全員用意はできていますね。これよりそきら荘に入って30分程度で除霊の準備をしてください。できしだい、同時除霊を開始します!」


空には厚い雲が立ち込め、この先の困難な仕事を予感させる天気だった。だが、9人の和尚に重苦しさはなかった。


「ねぇ、それってあの人形?」


ライブダイブがナロウの荷物をいじってきた。


「え?あの子持ってきたんですか?」


「なに?人形ってなに?」


みんな寄ってきてナロウのリュックを覗く。


「ちょっと、みんな真面目にやってくださいよ!」


リーダーにそもそも威厳がなかった。


みんなにおもちゃ扱いされた いのりはまた膨れていた。




アパートは4部屋が真横に並ぶ構造だった。


西の端からライブダイブ、にせ家族、アスマー、ナロウの順で担当する。


「オレ端っこなの?」「となりライブってうるさくない?」


ライブダイブとにせ家族が文句を言ってきたが、語り系であるアスマーやナロウはライブダイブのとなりでは除霊の効果が下がってしまうので仕方のない配置だ。


普段一人で仕事をしている和尚達。この日は同業者が揃って和気あいあいとしている。普段の職場がいかに孤独であったかを気付かされ、その反動でもあった。


9人はそろって玄関に向かった。


この人数の和尚が揃っているのだ、苦戦することすら難しいだろう。全員がそう思っていた。


一歩、アパート内に入った。


吸う空気、浴びる光、感じる重力、


すべてが変わった。


空気は重く、光は鈍く、重力は粘りが増す。


9人の顔色が一斉に変わる。


無駄口は消え、お互いの顔を見やる。


「このアパートはやばい」


全員の危険センサーが一気に点滅している。


だが進まねばならない。ここで引き返せないのがプロの和尚だ。


「…いきましょう!」


ナロウは率先して進む。恐怖の手の内に入らねば、除霊など不可能なのだ。


 「決めてやろうぜ、ナロウ」


「それでは、ナロウくん」


 「がんばりましょう、センパイ」


それぞれが現場の部屋に別れて入る。部屋をつなぐ真っ直ぐな廊下からは、もう誰も見えなくなった。4人同時だが、それぞれには孤独な戦いが待っている。


一対一、霊との直接対決だ。


ナロウも一番東の部屋に入った。


資料にあった写真通りの部屋。遺体は片付けられているが、生活感はすべて残されている。ここにいたのは夢を追い、夢に逃げられた老人。彼は「成れなかった自分」を許せずに自決しこの世から去った。


だが、今もここにいる!




降ろしたリュックから呪い人形が出てくる。


先程のみんなからのおもちゃ扱いの文句を言い出すかと思ったが、


「逃げることをオススメするわ」


開口一番がそれであった。


「僕もそうしたいよ。でも仕事だからね」


「仕事より、命よ」


仕事道具を広げながら、リスクの増大を感じるナロウ、だが。


「みんながいるからね」


「4人いようと10人いようと変わらない気がするけど?」


「みんながいるから、楽しいんだ。楽しいから、頑張りたい」


それを聞いたいのりは、呆れたという表情をした。自分の新しい主人も、今までの男と同じ、普通とはかけ離れた価値観をもっているようだ。


座っていたリュックから降りて、スカートをはたいた。


「いいわ、少なくとも、あなただけは守ってあげるから」


「大丈夫だよ、みんないるんだ。みんな無事に帰す」


リーダーという役割は、ナロウが人生で初めて与えられたものだった。

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