第11話 「新生活、フレッシュドール」


ナロウ和尚が心霊事故物件から持ち出した人形は、間違いなく呪いの人形だった。


その金髪の少女人形は美しく、特殊な感性の持ち主に狂おしいまでの所有欲を掻き立てた。彼女を手にした人間は彼女を愛し人生のすべてを彼女に捧げ、やがて彼女を愛するためには人の肉体が邪魔になり自害する。彼女という空の器と一体化するために魂になって融合しようとする。


だがそれは彼らの夢であり暴走した願望でしかない。男たちはそうやって彼女の前で自死しこの世から消えていった。そして彼女の所有者が代わり、彼女の長い長い旅は続いた。




「こいつは間違いなく呪いの人形だ」


ナロウはそう確信した。


彼の目は虚ろで、頬は痩せ、肌荒れもひどい。


「ほら見なさいコレを、ナロウ!」


彼の自宅では呪いの生き人形がタブレットにその指をつきたて、ギリギリと音を立ててスワイプしている。


「ほら!全然画面が動かないでしょ!」


当たり前だ、タブレットの画面は人間の指先に反応するようになっている。人形の指で操れるわけがない。


「全然!ぜんぜん!動かない!御本が読めないでしょ!」


ナロウがこの呪いの人形のためになろう小説の読み聞かせをして、もう一週間になる。


「もう勘弁してください、自分で読んでください」と頼み込んだ結果が、この動く呪い人形によるタブレットの画面に傷をつける行為だった。


そもそも生き人形「いのり・プリエール」は命なき者、、ゆえに寝食の必要がない。それは稼ぎの少ないナロウが、少女一人を囲うことの決断を決めた条件の一つである。これが普通の人間のように、食費に睡眠スペースに光熱費とかかるようでは連れ帰ったりはしなかっただろう。


呪いの人形らしく、深夜に目を輝かせながら頭部を高速回転する以外は、部屋の隅で大人しくしていてくれるだろう、そう思っていたのに。


「ごーほーん!ごーほーん!」


作り物の手足をバタバタさせる呪い人形。


これだったら呪いの言葉を吐いて、首をクルクル回してくれていたほうが、なんぼかマシというものだ。叔父さんにかまってほしい盛りの姪っ子が急に押しかけて来たようなものだった。しかもこの姪っ子、寝る必要がない。ひたすらにかまって攻撃をしてくる。それがまた可愛らしく愛らしいため、ゴミ袋に放り込んで押し入れにしまえなくしている。


その結果、ナロウの睡眠と食事は極端に制限され、疲労とやつれで顔色が青い。


「ぜったいこいつが呪い殺してたんだ…」


ナロウは生命の危機を感じていた。




「ねむいの」


呪いの人形は急に言いだした。


「え、寝れるの?」


呪われし者は驚いた。


「とうぜんよ、疲労は時間の蓄積を感じる能力があるってことよ。私のような高等な存在は、当然疲労を感じて睡眠でそれを解消するの」


そういうと、おっちらとベッドに昇り布団に滑り込んだ。


安寧な生活を奪われた上に寝床まで奪われたナロウは、床の上に横になろうとした。


「何してるの、はやく来なさい」


人形はベッドをぽむぽむと叩いた。


睡眠不足で朦朧としていたナロウは、そのお誘いを断れず、寝床をともにした。


暗い布団の中で顔を見合わせる男と人形。


ホラー映画なら恐怖の遭遇シーンだが無言で見つめ合ってた。


「わたしを愛した男たちはいろいろな方法で種族の壁を乗りこえようとした、いろいろな方法でね…」


闇の中で白く輝く人形の顔。やはりこの人形は呪われている。長い間、人の業を背負いこまされてきた。


「あなたは、どうわたしを愛してくれるの?」


眠気が全てに勝っていたナロウは、彼女の頭に手を添えると、そのつむじにキスをして


「おゃすみぃ~」


あっというまに寝てしまった。


その子供じみた子供扱いに人形はしばらく憤慨したが、男の胸に抱きついて共に眠った。




「うがぁあぁぁぁぁ!」


男の口から無数の毛が生え顔面を覆う。


喉の奥にへばりついた髪の毛が呼吸困難を起こし、息を吸おうとすればするほど髪の毛は肺に向かって侵入を続ける。男の目の鼻も口も喉も、金髪に占領されつつあった…


「がぁ?」


目覚めたナロウは、自分の口の中に入っているのが、いのりの頭部のパーツだと気づいた。


「あらいやだ、寝ぼけてはずれちゃった」


眼の前には首がなくなった呪いの人形が、自分の無くなった頭を探していた。


その首なし呪い人形は、ナロウの口に向かって飛び込んだ。


「あがぁ!」


人形の首が頭部パーツに突き刺さり喉奥にさらにめり込んだが、かちゃりと首がハマった音もした。


ずぼぉぉっと抜ける頭と髪の毛。


唾液まみれの恐怖人形が、恐るべき呪いの言葉を吐いた。


「おはよう、ナロウ」




「これ、ドライヤー使っていいのか?」


上半身ハダカの少女。彼女の長い洗いたての金髪をどうしたものかと、ナロウは悩んでいた。


「ドライヤーでいいわ。熱くしなければ」


いのりの長い金髪は、洗いたて艶めき美しかった。それにドライヤーを軽く当てながらブラシをかける。


彼女の裸の背中が金髪越しに見える。


いくたの男達を魅了してきた魔性の肌。白く半透明な人形の体は、人間の肌とは全く違う美しさがあった。


「うふふ、ジロジロみないで」


「見てないよ」


嘘をつきながら、彼女の髪を丁寧に乾かした。




 鏡の前で髪を揺らす仕草は、人間の少女そのものだった。久しぶりにきれいに整った自分を見て喜ぶ人形。鏡越しに自らの愛らしさをナロウに見せつけた。


 「じゃあ僕、仕事行ってくるから、留守番よろしくね」


 鏡の中の少女の顔が鬼のように変わった。






 「ナロウくん、猫とか飼いだしたの?」


 「いえ…まあ、野良猫の相手をしてたらこうなりまして」


 いつもの喫茶店での打ち合わせ。開口一番、不動産屋の女はナロウの顔の引っかき傷を心配した。


 「野良猫は気をつけなさい。下手に構うと住み着くから」


 「そうですね、気をつけたかったです」


 いのりの存在は不動産屋にも秘密だ。「心霊物件」の元凶を家に隠し持っていると知られたら、攻め込まれて奪取されることはないにしても、信頼を失い仕事を失うのは確実だ。


 誰にも話すことはできなかった。


隠し事を抱えたままとはいえ、仕事をしないわけにはいかない。そうでなくとも仕事を一週間も引き受けなかったのだ。生活苦は眼の前だった。



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