第9話 「人形の森」



 その日の仕事は普通の仕事だと思っていた。


ナロウはもらった資料を確認する。


「標準的な心霊事故物件」


大氷河期世代が未来に悲観し自死をした。その結果、霊的現象が起こり、その物件は事故を起こした。


当たり前の悲劇の始末をつける、当たり前の除霊業務。そういう、


当たり前の日である。


社会人はそれを、平日と呼んだ。




事故物件であるマンションの一室に入った瞬間、ナロウはギョッとした。


お出迎えにあったのだ。


玄関から奥の居間に続く廊下の壁一面に、人形が並んでいたの。薄暗い廊下、顔の向きまできれいに揃えた様々な少女人形が、何十体あるのか、来客を出迎えていた。


慌ててナロウは事故物件の資料を見返した


「人形アリ」


備考欄にそう書いてあったが、数も異様さも書かれてなかった。


「クソ、ちゃんと書けよ」


さすがに毒づいてしまった。除霊作業において人形愛好家という条件は見過ごせるものではない。


ドアを開けるたびに少女の人形。風呂も、トイレも、キッチンも、もちろん収納にも人形がギッシリと飾られていた。


どの人形もそれなりに豪華で布製のドレスを着させられている。一体づつ見せられたら、それなりに感心しそうな物であるが、こうも大量に陳列されてはありがたみなど感じない。


 どれもそれなりに豪華な人形のようで、総額がいくらになるのかも見当がつかない。しかし、この家には人形以外の物があまりにもなさすぎる。人形に生活が支配されている。


ナロウは亡くなった人の人生に何かを言うつもりはない。人の住処を訪れればなにかしかの秘密と対面する。人の人生が様々あるように、人の孤独もまた様々な形で存在しているのだ。


居間の中心に座る場所を作り、そこにいつもの仕事道具を並べる。無人の部屋なのに、彼の動きを見つめる人形の目は無数にある。


落ち着かない。


人間は目の形をしていれば、それを目だと誤認して、わずかながら視線を感じてしまう。そのニセの目を持つ人形たちが部屋の全ての壁から取り囲み、全ての行動を観察していた。


部屋の中央、本来ならテレビでも置いてあるであろう場所に、ひときわ大きな人形があった。ライフサイズ、生き人形ともいうべき大きさ。一瞬、普通の人間の少女が、人形の中に隠れて座っていたのかと思って驚いた。それほどまでに人間のような人形が、この部屋の主であるかのように座っていたのだ。


長い美しい金髪、赤いロリータドレス。瞳は人形のようにきらめき、肌は人形のように染みもシワもない。


完璧な少女の人形だった。


またやりずらいな…。


ナロウにとっては、いるだけで心がざわつく部屋だった。




ザワ・・・


ナロウの耳に声が届いた。背後からだ。


後ろに振り返ると人形の壁。声の発生源を探すが何も変化は無い。


ザワ・・・


今度は右から。そちらを見ても人形の壁。どの人形の顔も「音など出しておらん」と知らん顔だ。


ザッッワ・・・


正面!


そちらを向くと、「しゃべったのは私だ」とばかりに、全ての人形の口が大きく開いていた。


壁一面の全ての人形の顔が、大きく開いた口に変化していた。真っ黒な口が開き、それが壁一面に広がりナロウを見ている。


思わず、腰を抜かしそうになる。


中央の金髪の人形だけが、口を開かず、退屈そうにナロウを見下ろしていた。


ナロウには驚き逃げ出す道はなかった。


タブレットを取り出し、彼の唯一の人生の武器「なろう朗読除霊」を開始した。




この部屋の個人についての調べは着いていた。今日彼が朗読するのは「追放されたが、それにより打算のない真の仲間と出会えたトリックスター」の物語だ。そもそも6人パーティーなのにトリックスターというジョブを入れる余裕はあるのか?そういう疑念も物語中盤で見事に解消される。その当たりまで読み聞かせればナロウの勝利は確実なのだが、その場合はあまりにも長期戦になってしまう。できれば、新しいヒロインが登場した当たりでなんとか成仏してもらいたい(それで無理なら、前パーティーの女魔法使いが改心し、主人公パーティー入りするあたりの盛り上がりで決着をつけたい)


そういう時間配分を考えながら朗読を続けたいた。


普段なら無人の事故物件内で行われる彼の読み聞かせも、今日は数百の人形たちが観客としている。重いプレッシャーを感じさせられていた。




カコ、カコカコカコカコ!


部屋中の人形の首が揺れる。その首から鳴る音はまるで人形の笑い声だ。


カコカコカコカコ


まるでナロウの除霊をあざ笑うかのように取り囲んだ人形の群れが首を揺らす。


だがナロウの心霊事故物件の現場を数多く踏んできた。恐怖を感じつつも朗読を止めはしない。


カコ・・・・


笑い声が止んだ、恐る恐る目線をタブレットから上げると、


全ての人形の手が、ナロウを指さしていた。


すべての壁から生える人形の手でできた棘。


人形の目線より、口より、笑い声より、ナロウの神経に突き刺さってくるプレッシャーがあった。


「しかし、その時であった。天から差す光が地上の男を照らし出した!トリックスターの意地にかけ、彼は立たねばならなかった!」


だがナロウにも意地がある。けっして朗読の口を止めない。それどころか声をより張り上げて人形共に叩きつける。


その姿は悪魔祓いの神父が聖書の一節を高らか読み上げ、悪魔を退治せんとする姿と同じであった。


カコカコカコ


笑い声が響いた。


しかしそれは、先程までの人形の群れが一斉に笑う、森の木々が一斉に揺れるような笑い声ではなかった。


一人の少女の笑い声だった。


カコカコカコ


「あなたって面白いのね」


笑いながら話しかけてきたのは、この部屋の女王のように座っていた、あの金髪の少女人形だった。




いきなり人形に語りかけられて唖然とするナロウ。心霊現象は幾度も体験したが、ここまで明確な言葉でのコンタクトは初めてだった。


「まだ倒れるわけにはいかない…トリックスターの役目は百をゼロにして、ゼロを百にすることだ…」


「ねぇ、さっきからお話してくれてる、それってなんのお話なの?」


ナロウの朗読除霊が効いていない!


それを理解した瞬間、周囲の人形たちの存在が大きくなった。部屋中の人形に飲み込まれる感覚にナロウに吐き気をもようした。


「あら、そんなに青くならなくても。面白そうなお話だから、興味が出てきたのに」


少女人形は当たり前のように人との会話を求めている。だが、和尚の間では「霊とは会話をするな」というルールがある。


「話したところで除霊のプラスにはならない」というのが経験として分かっているからだ。だがナロウは、


「君は、この家に取り憑いた霊なのかい?この家で死んだ男の霊?」


人形はつまらなそうな顔をして、自分の美しい人工物の金髪をかきあげた。それはあまりにも人間らしい、滑らかな動作だった。


「あの人は死んだわ。あの人は…死ねば私と一緒になれると思ったの」


この部屋の主、心霊障害を起こした張本人の話を、この人形はしている。


人形は、その作り物の体に残留している思い出話を始めた。



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