第6話 「今一度の憩いの居間を」



「ただいま~~~~~」


 設定はレジャーで遊び疲れたファミリーの帰宅だそうだ。入念な設定の確認の末、ついに心霊事故物件の中に、


 にせ家族和尚と


 ナロウ和尚(サポーター)の


 ダブル和尚が入った。


計6人の大部隊だ。


廊下に上がった瞬間に「ビキッ」という家が割れたかのような巨大なラップ音が鳴り響き、一同の足を止めた。


一瞬、家族全員が顔を見合わせたが、


「いや~~疲れたな~~」


と設定通りのセリフを父親が言い、除霊続行となった。


ドカドカと心霊事故物件の中に入り込む一行。遠慮なしの足取りがすでに、彼ら「にせ家族和尚」の除霊行為なのだ。


「ここはうちらの家やさかい」


そんな大阪人的スピリッツで霊から家を強引に奪取する。それこそが彼らの「逆占拠系」除霊なのだ。


「いや~やっぱり我が家が一番!」


お父さんの軽口に家族一同が朗らかに笑う。お父さんがこのチームのリーダーで、ただ一人だけ和尚という肩書を持っている。彼以外はお祓いの助手という立場だ。


お父さん和尚が積極的にコントロールし、ニセ家族団らんを演出する。


そこに参加しているはずのナロウは、その演技の輪に入り込めないでいた。


そもそも演技の経験がないのだ。テレビの安い再現ドラマみたいな、この現場には違和感しか感じてない。




この現場も他と同じく、家具や生活用品が廃棄されていない。それどころではない心霊事故物件なのだ。


「バン!」


食卓についた家族を威嚇するような打撃音が天井から響いた。家族全員が息を呑む。


「バンバン!」


さらに音が続く。外では元気だった妹の顔に脂汗が浮いている。犬役の男性も、許されるならテーブルの下に隠れたいという表情だった。


「あっっはっはー」


お父さんが笑い出すと、家族も笑い出す。そういう取り決めだった。霊に押し負けてはいけない、家族団らんで押し返すのだ。


ナロウもその笑いに加わった。一人でも多くの笑い声が必要な現場だ。


「ゴウン」と6人掛けの大きなテーブルが揺れ、食器がはねた。


「強い!」ナロウもこの現場の霊の強さを実感した。彼も除霊の仕事を何度も行っているため、霊の強さという尺度を自分の中に持っている。


「一家心中」


その言葉の重さを今さら感じた。彼が今までしてきた単体での霊障とは物が違う。


「父母娘」


三人がこの現場で死んでいる。ナロウはもらった資料を思い返して、自分の甘さを呪った。他人の現場だからと、お客さん気分で来ていい場所ではなかった。


「ここまで違うのか・・・」




「ゴゴン!」


今度はテーブルが跳ねた。椅子に座っていた家族全員が跳ね飛ばされた。


床から起き上がり、ナロウは咄嗟にお父さん和尚の顔を見た。


驚きおののく父の顔。だが彼は、


「あ~~~っはっっは、転んじゃった~」


と、何事もなかったかのように椅子を戻して座った。家族もそれに続き。痩せ我慢の笑い声を、腹から出して笑った。


「これがっ! にせ家族除霊っ!」


ナロウは驚嘆した。家族全員が、霊障を見て見ぬふりをすることを、決して諦めない。


諦めずに、知らんふりをする。


たしかにこれは、意地と怨念がぶつかる、人と霊との戦いだった。


ナロウも席につき、戦いの一部となった。


「お父さん、お茶はいかが」


団らんの戦いは続く。母親がお父さんにお茶を淹れて持ってくる。


「いいねぇ、いただくよ」


お父さんが飲もうとした刹那、


ドン、バシャアン!


床と椅子が揺れ、お茶は全て、お父さんの顔にぶちまけられた。


ほとんどコントだ。


だが揺るがない。


「も~~お父さんったら!」


わっっはっはと家族はお父さんのお茶目さに爆笑する。


ぎっぎいぃ~


天井に隠れた巨人が天井板で爪を研ぐような嫌な音が響いた。


顔にかかったお茶をタオルで拭きながら、鋭い目で家族に合図を送るお父さん。


「奴は反応している。このままいくぞ!」


全員、無言でうなずき、家族一丸となった。






それから6時間が経った。


ニセ家族の三文芝居と霊の戦いはまだ続いていた。


家族は次々と新しい団らんを繰り出した。


「家で映画鑑賞団らん」


「協力しないお洗濯団らん」


「家族でゲーム大会団らん」


「ペットが居るうちって幸せ団らん」


「娘の成績悪い団らん」


あらゆる団らんで除霊に挑んだが、ことごとく返り討ちあっていた。


「あの叔父さん、いつまで家にいるの団らん」では、ナロウも協力し下手な芝居ながらも主役を張ったのに除霊には至っていない。


家族の団らんに疲労の色が見え始めた。


ゴッゴゴッゴ!


二階も揺れる大きな振動。


霊の反応は除霊をやればやるほど強くなっていた。


「上手くいっていない?」ナロウは疲労の中でそう思った。だが不動産屋からのアドバイスと、職業上の仁義がある。除霊の途中で部外者が口を挟むことは許されない。


それにまだ、家族たちは団らんを諦めていない。


団らんを繰り広げるたびに霊のリアクションが大きく過激になる。本来なら潮が引くように霊は諦めて消えていくはずなのに、効果は出ていない。


「この除霊、何かが間違っているんだ」


「犬は主人がだれかわかってるワン団らん」をしながらナロウは確信した。だが、その間違いの原因が特定できないかぎり、家族団らんを混乱させるだけだ。


霊の圧に吹き飛ばされる。家族は皆笑顔だが満身創痍だ。体中が傷つき、疲労で心が折れそうになっている。


「なんだ?何を間違っている!」


ナロウは「寄り添い系」の和尚だ。こんな時にナロウが頼るのは、この事故物件に住んでいた家族の情報だ。


「一家心中…三人の霊による心霊事故物件……父と、母と、娘…」


荒れ狂うリビングを観察する、間違いがあるというのなら、正解も必ずある。ナロウはこの家族に起こった悲劇に「寄り添った」。


ナロウの脳内に発見のスパークが起こり、それは視神経を伝わり瞳の輝きとなった。


「見えた!この霊の正体が!」




家族団らんの危機。


すでにリビングは正常な家族団らんを営める状況になく、家族は椅子やテーブルに捕まって耐えているしかない状態。


「ふ・・・ハハハハハハッ!」


居候の穀潰し叔父さんこと、ナロウは突然、狂気の笑い声をあげた。


それは今までの彼のド大根芝居ではなく、本物の狂気の笑い声だった。


「バカバカしい!なにが家族団らんだ!」


叔父の突然の変化に家族は驚いた。サポート役が恐怖に駆られ役割を投げ出したかと身構えたが、そうではなかった。


「兄貴!あんたは自分の家が最高の幸せ家庭だと思っているようだけどよォッ、こんなのはイカサマ!表面を取り繕ってるだけなんだよ!」


「お・・・弟よ!いきなり何を言い出すのだ!」


お父さん和尚はナロウの真意が分からない。除霊行為を破壊したいのか、続けたいのか。だがナロウが演技している以上、付き合わなければならない。


「兄貴が家庭のために毎日働いている間、俺は家でぐーたらさせてもらってる」


「ああ、だがいつかお前も働きだして、ここを巣立ってくれるはずだと」


「巣立つぅ~?馬鹿言っちゃこまるよ。何もしなくても飯が食えて遊んでいられるんだぜ?なんでこの家を俺がでなくちゃいけないんだ?」


ナロウが演じるのは、幸福な家庭に入り込み根を広げる悪の穀潰し…。


お父さんの顔が怒りで赤く染まる。


「それによ~あんたが仕事してる間、この家で何が起こってるか知ってるのか?俺がただ、暇してると思ってるのか?」


「な、なにを?」


お父さんの眼前で母親に肩に手を回すナロウ。母親は驚きの表情。


「退屈で退屈でさ~、そしたらちょうど、同じ様にヒマしてる女がいたって、ワケ」


母親の肩が硬直する。だが彼らの除霊術は「決して途切れない家族の営み」をその根本としている。ここで流れを途切れさすことはできない。


「ごめんなさい、アナタ。でもあなたが悪いのよ…あなたはいつも仕事仕事、私をただの家庭でのパートナーとしか見てくれない」


母親も乗ってきた、普段できない新鮮な演技が輝きを放つ。だが、それは「幸福な家庭」を神聖視する父親の怒りを増大させた。彼のおでこの血管がひくついている。


実は、この時、霊による攻撃は凪の状態であった。まるで霊たちがこの家族の修羅場を固唾をのんで見守っているかのように…。


ナロウは最後の一押しを決意した。


彼は妹を引き寄せその肩を抱き、


「兄貴には感謝してるよ、なんせ妻と娘を頂いちまったからな…」


鬼の形相のお父さん和尚がナロウに突撃し、押し倒した。母と娘と叔母と犬が悲鳴を上げる。


お父さんは怒りにかられて殴りかかるがナロウはガードする。


「殺してやる!」


父親の絶叫が事故物件に響く。ナロウを押さえつけ首を絞める。


「コロス!殺すッ!」


成人男性の握力がナロウの首を絞める。人生で初めて、人に殺されそうになった。


周りの家族も動けない。この悲劇は彼らのドラマの中にはなかった。


ナロウの喉は閉められ、空気が肺に入らない。人生で初めての死への恐怖は、霊によってではなく人間によって与えられた。


「コロ・・・・ッ」


家族を失った怒りにかられていたお父さんの眼の前に、白い女の手があった。


白く、透き通った女の手。それは一つではなく、4つ。


二人の女の手が彼の眼の前に掲げられていた。


それが意味するところはお父さんにも分かった。


制止。


「やめて」というジェスチャーだった。


霊からのコンタクトだった。


お父さんの手に、もう力は入っていない。馬乗りになっていたナロウの上からもどいた。


「大丈夫、大丈夫ですよ」


枯れた声でナロウが言ったのは、その場にいた家族に向けてではなく、その霊たちに向かって言っていた。


「もう大丈夫です、この家で、もうこんな悲劇は起こりません」


「ナロウ和尚…」


お父さん和尚は驚いた。ナロウ和尚の演技は全て除霊のためのものであったと気づいたのだ。


「すみません皆さん。団らんを壊してしまって。でも残念ながら団らんで、この家の除霊はできなかったんです」


「寄り添い系」のナロウ和尚は説明を始めた。


この家に起こった悲劇は「一家心中」ではなく将来に絶望した父親が起こした「家族殺害」だった。だが大量の心霊事故案件を事務的、機械的に処理してきた不動産業界はそういった枝葉を切り捨て「心霊事故物件」として一個の霊として扱ってしまう。


「しかし今回はその枝葉が重要だったんです」


ナロウが気づいたのは、この家に残っていた霊の数だ。「三体」の強力な霊だとナロウも最初から考えてしまった。それくらい強力だったからだ。


「だけど実際には二体。この家に残っていたのは、母と娘、二体の霊だけだったんです」


彼はリビングの写真立てを指さした。家族三人の写真だが、父親の顔の部分だけ破壊されていた。


「父親の霊は?」


妹が尋ねた、家族を殺して悪霊になったはずの父親は?


「もういませんよ。そいつは、どっかに消えてしまっていたんです。恨みを持ってこの家に残ったのは被害者である母と娘だけ。その二人に家族の団らんを見せるのって、」


「逆効果…」


お父さんは肩を落とした。


「だから逆を見せた。家族が殺し合う姿を」


その場にいる霊は、もう消え始めている。薄く僅かに見えるその姿は、水に溶ける水彩画のよう。薄れゆく母と娘の肖像画だ。


「彼女たちは止めてくれた。この家で再び悲劇が起こるのを。彼女たちの人生の最大の不幸を繰り返してほしくなかったんです」


お父さんも、お母さんも、娘も叔母も、犬も、みな神妙な面持ちだった。


この家にのこり恨まざるをえなかった母と娘は、その思いを伝えたことによって、この世から去ろうとしていた。


お父さんがナロウの肩をグッと掴んで、無言の感謝を伝えた。


二人が成仏した後、家の中には静けさだけが残った。




事故物件はお祓いがすみ、普通の物件となった。


その家の前で帰る準備をしている和尚達一行。


「今回は助けられたよ。ナロウ和尚、感謝する」


お父さん和尚は深く頭を下げた。


「いえ、たまたま今回は特殊だったってことです、お手伝いできたとしたら嬉しいです」


「寄り添い系か、私ももう少し、霊について考えたほうがいいのかも知れないな」


ナロウは少し驚いた。彼は今回、勉強をしにこの現場に入ったのに、学びを与える立場になっていたのだ。


(そんなこともあるんだ・・・)


ナロウは人付き合いの深さを知った。


どこかと連絡していた妹が声を上げた。


「お兄ちゃんが目を覚ましたって!」


家族は大喜びだ。それを離れて見るナロウ。


「よ~~し、お兄ちゃんをお見舞いに行くぞー!」


家族は一丸となっていた。演技をし仕事をするだけの赤の他人なのに、そこには強いつながりがあった。


お見舞いの品を次々と上げながら帰り支度を終える一家。みながナロウに感謝の言葉を掛けてから去っていく。


ナロウは一人だけ別の方向に帰る。


彼は今日一日を振り返る。あまりにも多くの事があり、学ぶことがあった。


「人と仕事するって…」


今まで一人だけで仕事をこなしてきた。それとは全く違う感慨が胸にあった。


今日、彼は少しだけ違う人間になれた。



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