第5話 「和尚、家に入る」
「ねぇあなた、家族と暮らしたことある?」
除霊の結果報告をするために会っていた不動産屋の女は、ナロウ和尚に対してずいぶんと失礼なことを言ってきた。
女性との付き合いが少ないナロウであったが、それがプロポーズの言葉でもなければ、彼個人に対する興味からきた質問でないことは分かった。
「・・・・・・そりゃ、ありますよ。無い人間っています?」
木の股、あるいはキャベツから生まれた人間であっても、成長するまでに家族と暮らす必要がある。宇宙人であるクラーク・ケントだって家族に育てられた。
「だよねー」
不動産屋の女はナロウの当たり前の回答に興味を示さなかった。
「ところでキミ、家族と暮らした思い出ってある?」
言い方は変わったが、失礼さは何も変わっていない質問をしてきた。
「・・・・ありますって。なんなんですか? この質問!」
「じつはねー、うちで除霊を依頼した和尚がね―、チームでやってるんだけど、メンバーが病欠で人が足りないのよねー」
言葉ではなく目線で何を言わんとしてるかが分かった。ナロウに欠員補充をさせようとしているのだ。
ナロウは一匹狼の和尚だ。
言い方はかっこよすぎるが、実際に一人で仕事をするし、一人で仕事をした経験しかない。正式な訓練を受けていないフリーランスの和尚なんて、一匹狼が当然であり、チームでやっている方が珍しい。
「いや、ぼく、他人と仕事したことないし…」
弱気にならざるを得ない。他人と仕事ができない人間だから和尚なんて生死の間にあるグレイな仕事をしているのだ。
「大丈夫大丈夫、この和尚、人当たりいいし、仲間思いで家族思いだし、きっといい勉強になるって。他人の除霊を見学できる機会なんて滅多にないよ~」
不動産屋は気軽に押してくる。
ナロウの30半ばに到達しそうな年齢だ。自分の仕事もうまく回り始めたという感触も掴んでいた。ここらで業界内の別の現場を見学することも必要ではないかと、欲が出た。
「ああそう! 一つだけアドバイスしてあげる」
クライアントであり和尚をまとめる立場にある女性の言うことだ、ナロウも真面目に聞いた。
「他人の仕事を否定しない。どんなにおかしいと思っても、他人の除霊にくちばしを突っ込まないこと、わかった?」
現在の除霊シーンは十人十色、それぞれが独自の除霊スタイルを持っている。ナロウだって「なろう小説除霊」という、人には説明できないことをやっている手前、そのアドバイスは納得がいった。それに除霊中に口を出されても混乱し失敗する確率が上がるだけだ。
話はまとまり、ナロウは初めて他人の除霊のサポートに入ることとなった。日時は明日の昼、場所も聞いたが、肝心なことを聞いてなかった。
「僕がサポートする和尚って何和尚なんですか?」
「ニセ家族和尚」
「はぁ?」
ナロウはまず、その名前をどうにかすべきだと思った。
現場は住宅街の一角、父母娘の三人が一家心中をしたという凄惨な現場であったが、それが街全体に暗い影を落とすわけでもなく、普通の住宅街だった。
もらった紙資料を片手に現場を探すナロウ。自分が仕切る仕事でないから気軽とは言えたが、サポート作業というのが初めてなので不安だった。
見つけた現場の家の前には人混みがあり喧々諤々と騒がしかった。
除霊作業の現場ではよくある光景だ。惨劇の現場を取り囲み、あることないこと噂話を楽しむ連中。こういう群衆をなだめ、かき分けて現場に入るのに、和尚の袈裟姿は有効だった。何も知らない一般人にはお祓いに来たありがたい御坊にしか見えないからだ。
しかしその時のナロウは普段着だった。自分の仕事ではないからと、いつもの仕事用の袈裟を着てこなかったのだ。
「まいったな」
人間的に弱気な部類に入るナロウには、人混みをかき分けるような度胸はない。人だかりの後ろについて、玄関口に忍び込めるルートを探していたが、家族らしき一団に完全に阻まれている。困っていたナロウに。
「おや、あなたがサポートに来てくれた和尚ですか?」
一団の中の男が声をかけてきた。
それを機に騒いでいた一団は口を閉じ、くるりと全員回転し、ナロウを見た。
いきなり全員から凝視され驚くナロウ。話しかけた男は自己紹介をした。
「わたしたちは、」
「にせ家族和尚で~~す!」
全員が綺麗にハモった。
それは霊が出る現場よりも奇妙な光景だった。
ニセ家族和尚。
それは居住不能なレベルの心霊事故物件に「偽の家族」として現れ、偽りの団らんを始める和尚たちのコードネーム。
あらゆる心霊現象に対して、強固に無反応で一家団欒を貫くことで霊を追い払う。
「逆占拠系」の除霊術である。
メンバーは6名
リーダーであるお父さん。
お母さん。
お兄ちゃん。
妹。
叔母。
ペットの犬。
という構成である。
全員赤の他人!
今回、お兄ちゃん役の人が入院したため代役としてナロウ和尚が呼ばれたのだが…
「お兄ちゃんじゃなーい」
かなりケバ目の妹に指摘されるまでもなく、お兄ちゃんという歳ではない。
「お兄ちゃんって無理じゃない?叔父さんって感じだね」
犬の格好をした奇人…ではなくペットの犬役の男性も、見た目に反して冷静なコメントをした。
「あら、じゃあ私と夫婦?」
ナロウから見てもかなりのオバサンである叔母役がそばに寄ってきた。
「いや、そうじゃないでしょ。じゃあ、ナロウ和尚は私の弟役ってことで。今は無職で私の家に厄介になっているけど、働く気はない。多少の負い目もあるけど、悪びれもなくお代わりをするタイプってことで」
リーダーのお父さん和尚が、テキパキと嫌な設定を作り出してくれた。
こうしてナロウはこの家族に迎え入れられた。
穀潰しとして。
「あの、お兄さん役の人って?」
除霊準備を始めているお父さん和尚に尋ねた。単なる腹痛や風邪程度で代役を頼むとはナロウも思ってはいない。
「心霊障害ですね。前回の除霊でまともに食らっちゃったみたいで」
答えは予想通りだった。
「お兄ちゃん激弱~」
どう見ても成人済みの女子高生が茶化す。犬も叔母も同じ様な態度で、母親は困ったものだという顔をしていた。
「ナロウ和尚は大丈夫ですか、怖いのは」
「…仕事ですから、慣れてます」
さすがに「多少は怖いです」とは言えなかった。同じプロとして。
「おじさぁ~~ん、頼んだよ~!」
見た目に無理がある妹に頼られるが、あまりうれしくはなかった。
家族としての仮装を済ませた一行はついに家の中に入る。ナロウの衣装は来た時のままだが、居候の駄目叔父の格好として十分に通用した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます