第2話 「和尚出会えば袖擦り合う」



 「はい、これ報酬ね」


今時珍しい古風な喫茶店。その奥の座席で金の授受を行っているのは、スーツ姿の女性と、あの和尚だった。


和尚はその場で封筒を開いて金額を確認する。生臭さあふれる行為だった。


「さすがね、あの部屋を半日で除霊するなて」


女は不動産会社の社員だった。


「大したことなかったっすよ。俺の歌にかかればね」


この男、台場しげきという。


祓い屋商号は「ライブダイブ和尚」


彼は自分のした行為を除霊とは思っていない。それ以前に除霊という行為もよく分かっていない。


いや、そもそもの話、彼は仏門に下ってもいないし坊主でもない。


彼の職業はれっきとした無職、フリーターであり、高卒で、お寺に行ったことは修学旅行の一度だけ、宗教について知っているのは、お経の歌詞くらいである。


「あのさー、なんでこれ着ないといけないわけ?」


台場は自分が着ている、坊主の袈裟について文句を言った。


「周囲の目があるでしょ。周辺住民も、お坊さんが着てお経を唱えてくれたから、除霊できたのね、アリガタヤ・アリガタヤ、って思うものよ。普段のあなたのTシャツ姿で入っていったら泥棒としか思われない。効果が高いのよ、坊主のコスプレって」


 不動産屋の女は年若であるにも関わらずその職業柄か、だいぶスレていた。




時代の冷風に追い立てられた「大氷河期世代」は老年期に入った。そのうちの独身者達、彼らには人生を救う家族も目的もなく、彼らを積極的に救うはずの国の保護政策も、のきなみ削られていた。


彼らの人生の道行きは暗く、その行く先はそれ以上に暗かった。そして彼らの大多数は、それまでの人生がそうであったように、自発的自助が求められた。打てる手は少なかった。


自発的自助的自決。


そういう言葉がまかり通るほど、この国の内心は荒れ果てていたのだ。


「大自決世代」


彼らの世代は新たな呼び名で呼ばれ、放置された。


「自発的意思を止める手段はない」


それが国家の言い分だった。そして多くの「彼ら以外の人たち」もそれを座視した。


結果、「事故物件」は空前のスピードで増えだした。


風が吹けば桶屋が儲かる、という。


今回ふいた風で損をしたのはもちろん大家だ。自分の資産にどんどん傷がついていく。


得をしたのは、坊主、神主、あるいはそれに準ずる組織員。


一纏めに言えば「祓い屋」だ。


次々と「事故」が起き、大家たちは次々と祓わなければならなかった。


足りなかった。


坊主の数が、


神主の数が、


とても手が足りない。それくらい日常的に室内での「事故」は起き続けた。


交通事故数を遥かに超えていた。




成長産業。


「祓い屋」と「火葬場」はこの国に残った最後の成長分野であった。


火葬場には厳密なルールが有り、新規参入が難しかったが、祓い屋は違った。


筆記試験も面接も、実技試験もない業界だった。


昨日まで無職無宗教無教養だった連中が袈裟を着て大挙して押し寄せた。


祓い事の真似事をし始めたのだ。


それくらいルーズで人がいない業界だった。


彼らはそうやって詐欺まがいの事で日銭を稼ごうと考えていたが、甘かった。




「大自決世代」の恨みを舐めていた。




当初は「真似事でもいいだろう」と高をくくっていた不動産業界であったが、素人芸の祓い屋の半数が、なんらかの霊障を受け再起不能となった。


信じられないことに、事故物件は本当の心霊事故物件となってしまったのだ。


心霊障害を受けリタイヤしていく多くのエセ祓い屋達。


だが生き残っていく者もいた。まったくの独学の祈祷術であるにも関わらず、心霊事故物件から無事に生還し、なおかつ除霊も成功させる事例が増え始めたのだ。


そうしてオリジナル祈祷を手に入れてサバイブした祓い屋達は、不動産会社のネットワークを通じて仕事を受け、事故物件の除霊を行う新しい業種となったのだ。




数えた金額は十万円に届かなかった。これだけで暮らせる金額ではない。あと二回は除霊をしなければ暮らせない。


台場しげきは封筒を袈裟の中にしまった。除霊をしてからずっと、足の震えが止まらず、今も貧乏ゆすりをしている。彼としては順調に仕事をこなしたはずが、何かが削れているという感覚があった。仕事をするたびに心の何処かが削れている。目に見えない、心で感じられていない恐怖に、サクっと背中の肉を切り取られたような、そんな感じが残っていた。




「ライブ和尚さん!」


呼びかけられて後ろを見るとメガネの男性が立っていた。その男も似合わない袈裟姿であった。


「ナロウ和尚か」


ライブダイブ和尚は同業の出現に驚いた。不動産屋の女のスケジュールの都合上、同じ喫茶店での待ち合わせというバッティングが起こったのだ。


独立独歩、独学独習が常の祓い屋業界である。


そうはいっても完全に独学だけで生き残れるとは誰も思ってはいない。他者の仕事ぶりを知り、違いを研究し、生存率を上げるための情報交換は欠かせない。


欠かした者から消えていく業界だ。




ナロウ和尚と呼ばれた男は明らかにライブダイブ和尚よりも年上だったが、それを感じさせない下手ぶりだった。


彼はそそくさと隣のテーブルに座り、二人の打ち合わせに加わった。ナロウとライブダイブは同じ地区の不動産屋から仕事をもらっていて、そのための研修も一緒に行っている。同業の中では親しいといっていい。


「今日もお仕事だったんですか?どうでした?」


「簡単、簡単、半日で終わらせたぜ」


ライブダイブは事実を言ったまでだが、そこで感じた恐怖は口にしなかった。いい所を見せたかったというのもあるが、同業同士、脅し合っても仕方がないという暗黙のルールもあった。


ライブダイブの除霊術は「騒音異化系」と呼ばれる系統になる。「その場で怖がるのが馬鹿らしくなる」という状況を作り出し「霊を追い出す」タイプの除霊だ。


ナロウはその系統ではなかった。


「ライブダイブ和尚!前に勧めたの、読んでくれましたか?」


ナロウはメガネを輝かせながら迫る。


「や、だーかーらー、俺はああいうのいいって言ってるじゃん」


ライブダイブは友人のおしつけ行為に辟易しているようだった。


「ぜったい和尚に合う内容なんですよ~。絶対気持ちよくなれますから、今度までに読んでくださいよ」


ナロウ和尚には作品推薦癖があった。打ち解けた人間にはやたらと作品を推薦してくるのだ。それもただの作品ではなく…。




ライブダイブは仕事が終わったのですぐに帰った。ナロウを飲みに誘ったり、報酬額の話などもしたかったが、不動産屋というクライアントの前だったし、ナロウはこれから夜にかけての除霊の仕事があるため、そのまま別れた。




ナロウは席を移り、不動産屋の女の前に座った。女性との接点がないナロウにとって、こういう機会は貴重であった。


依頼された仕事はいつも通りの「方法を問わない」心霊事故物件の除霊だ。


この街にはまだ手つかずの心霊事故物件が山ほどある。和尚達が打ち合わせでバッティングするほどだ。今も喫茶店の外を救急車がサイレンを鳴らして走っていく。この街ではサイレンが鳴っていない日はない。


ライブダイブ和尚は仕事の現場の資料などもらわない。霊の都合もお構いなしにとにかく騒いで異化しているのだ。


 だがナロウは違う。入念な下準備が必要なタイプの和尚だ。それを知っている不動産屋も亡くなった入居者の個人情報を渡す。死者の情報を渡すことは、現在の法律上問題はない。


それと「事故後」の現場の写真。遺体が運び出された後で、清掃屋が片付けをする前に撮った写真だ。生前の生活の様子が隅々まで撮影されている。この写真は清掃屋が清掃後に部屋の傷などで文句をつけられないために撮っておいたものだ。


ナロウは入念に写真を見る。故人の生前の姿を写真から調査する。故人の住んでいた部屋はゴミ屋敷というようなものではなく、清潔さが保たれていた。自決の直前まできれいな生活を保っていたようだ。ナロウはその生活空間の中で、特に本に関する情報を探した。写真と故人の履歴書を何度も何度も見返して。


「わかりました」


ナロウは仕事のとっかかりを見つけ出した。この仕事を引き受けることを決めたのだ。


彼の除霊タイプは「寄り添い系」と呼ばれている。 




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