『手のひらのブラックホール』(1000字未満)

@akaimachi

『手のひらのブラックホール』

『手のひらのブラックホール』


 私の手のひらはブラックホール。


 咲き誇った桜たちが季節に準じて一枚ずつ地面へと降りていく。その姿を歩き見ながら春を感じていた。

 あたたかな風が吹くとより多くの桜たちが舞い散っていき、思わず手が伸びてしまう。

 ふたりの足音で奏でていたリズムは止まり、不規則なテンポでタップダンスが始まったようだった。

 空の青と対比しながら、華麗な動きに惑わされてしまう。

 その一瞬の感覚の中、『つかめる』そう思った。

 反射的に伸ばした右の手のひらを閉じる。

 私の動体視力で、手の内に入って行ったことは確信できた。嬉しさを隠せないまま、私は彼を呼び止める。

 同じように桜に惑わされていた彼は少し離れた先まで進んでいたが私の声を聞いて振り向いた。

「つかまえたよ」

 私がそう伝えると、春の陽気を擬人化したような明るさで「みせて」と期待通りの反応を示してくれていた。

 お互い1gにも満たない花びらへ、満身の期待を抱えながら、私の閉じられた手を覗き込む。

 彼の鼻先を感じながら、ふたりの呼吸が揃うのを待ち、号令のかかるタイミングで手を広げた。

 刹那が一瞬のように広がっていくが、そこには何も見当たらなかった。

「あれ」

 期待はずれだと、意図したまま見つめ合い彼が吠える。

 確かに私の右手はつかまえたはずなのに、とふて腐れかけるが、地面に落ち切ることなく、重要なことを思い出した。

「あ、私の手のひら、ブラックホールだった」

 頭の中で再生された声はきっと空気を震わせて彼にも届いていただろう。

 もう一度、同じように彼が繰り返し吠える。

 彼にとって桜のことはもういいのかもしれない。走り出したくてたまらないのかもしれない。

「ほら、いくよ?」

 私は自分の手のひらを彼の口元で閉じ、そのまま顎に触れる。

 鳴き声さえも手のひらのブラックホールへ吸い込まれていった。

 彼が自由を求めるのなら、このまま遥か先まで走り出すには、この世界は狭いかもしれない。

考えにふけるがあまり、私が手のひらを向けたままにしていると、そのまま彼をも私の手のひらに吸い込まれてしまう。

 顔から身体、しっぽへと、機械的ではなく、蛇に飲まれるかのように消えて行った。

 大きな音も、反動さえもなく目の前で消えていく姿を眺めていたら、私までも吸い込まれ始めた。

 きっとそのまま、この季節ごと私の中に。

 

『手のひらのブラックホール』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『手のひらのブラックホール』(1000字未満) @akaimachi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る