第2話 歴史

 すぐにソファーに身を投げ、ぐったりと体を伸ばす。ぐた~~。そしてごろごろ。ぐっと足を延ばす。

 要人たちに失礼のないようなおもてなしとふるまい。そして、周囲から笑いものにされたことで心の底から疲れ切ってしまったのだ。本当に。


 だらんと横に寝っ転がって、コルルを見る。


「要人との時間。相当なプレッシャーがあったと思われます。明日もサミットは続きますので、今日はゆっくりとお休みください。アスキス様、ミルクティーでございます」


 そう言って銀でできたカップに紅茶をいれ、ミルクを注いでくれた。様になってるよね、ミルクティーを入れる姿。

 ことっと机に置いてくる。コルルといるととても気持ちが落ち着く、ホッ。味は……どれどれ。


「ん~~おいしい」


 何の変哲もない、いつも飲んでいるミルクティー。でも、あのまずい料理を食べた後だととってもおいしく感じてしまう。茶葉の管理もコルルがしっかりしてくれているからとっても香り豊か。


「ありがとうございます」


 当然だ。コルルは従者の家系に生まれた。従者の家系では、貴族の人たちをもてなすため様々なおもてなしの作法や、おいしい料理のレシピなどのノウハウを持っている。


 コルル自身もおしとやかで、私にとても尽くしてくれている。子供のころから仕えてくれていて、私の好みや性格をとても理解してくれる人なのだ。


 何とかしたいな……そんなことを考えながらミルクティーを半分ほど飲み干す。窓の外、灰色に濁った空をじっと見つめた後ため息をついて視線をコルルに戻した。

 コルルは何かを思い出したかのように「あっ」とささやいた後話しかけてきた。


「あと、お父様がお呼びです」


「まじで?」


 ぐっ……。


 コルルの言葉に、私はビクンと肩を震わせる。このタイミング──この前のサミットのことだろう。あ~あ。


 どんな小言を言われるんだろうか……考えるだけで頭が痛くなる。


「ロイド様、かなり悩んでいた様子でした」


「お父様──わかったわ」


 ため息をついて、私は部屋を出る準備をする。胃が痛くなってきたが、あれだけボロクソに言われて何もしないわけにはいかない。悔しいもん。


 重厚な木製のテーブルや革張りのソファ、卓上に置かれた金属の灰皿に至るまで、小物類はどれも高級品。王国の権威を象徴しているみたいだ。そんな、ベネルクスでも国力の強い。それなのに、どうしてこんな風になってしまうなんて。がっくり。そして、コルルに話しかけてみた。


「なんで、うちの飯はこんなにまずいのかな?」


「何か、あったのでしょうか? まあ、私もここの伝統料理は吐き気を催すレベルだと認識はしておりますが」


 私は、昼間──うちの伝統料理をふるまったこと。そしてそのまずさに笑いものにされネタにされまくったことを話した。


 コルルは、おでこに手を当て大きくため息をついた。


「本当に、あの腐ったような料理をふるまったのですか?」


「しょ、しょうがないじゃない──」



 サミットでは、その国の伝統料理をふるまうのが伝統となっている。ほかの国でサミットを行うときも、同じようにその国の伝統的な料理をふるまっていた。その国の文化をほかの国の人たちに魅せるという意味もあるのだ。


「この国──食文化はどうなっているんですか?」


 コルルの質問に、私は思い出しながら答える。



 地方から流入した街の労働者たち。

 そんな、都市部の労働者たちはアパートという狭い部屋の集団住宅に住んでいる場合が多い。住む当てもなく、そこにしか住めないのだ。


 そういった貧困層が住んでいる場所は、調理器具も料理する設備もろくにない。簡単な部屋があるだけ。


 私は以前査察したことがあるのだが、簡単な鍋にじゃがいもとお湯を入れて塩をまぶすだけだったり、井戸ですくった水に紅茶の茶葉と砂糖をたっぷり入れて食事を済ませていたりしていた。



 そんなことを繰り返しているうちに、伝統料理のレシピが人々の中で断絶してしまっていたのだ。伝承されなくなってしまった。


「そ、そんな歴史だったんですか……」


 そして、私たち上流階級。


 これと同時期に海を隔てた隣国、フランソワ共和国で革命ができて、富裕層の国外流出が起きた。

 その影響で、貴族たちに仕えていた腕のいい料理人が大量に私たちの前にやってきた。

 コルルの家族も、そのうちの一人だったのだ。


「そういう流れがあったのよ。好きでこんな食文化になったわけじゃないのよ」


 彼らがふるまった料理をごちそうになった私たち貴族。


「な、なんだこれは。うまい、うますぎる」


「くそまずい 料理なんかよりずっといい。直ちに彼らを雇え!」


 とのことで、私たちはフランソワ系の料理人の料理しか食べなくなってしまい、すっかり自国の料理について関心をなくしてしまったのだ。


「まあ、あなたたちが自国の料理を食べないというのは私も理解できます。まずいですから」


「そ、それはやめて……」


 コルルの言葉が、私の胸にグサッと刺さる。ただの外交的なもてなしなら構わない。わがブリタニカ王国は工業化に成功し資金は比較的潤沢だ。


 その資金を使って、他国から料理人をたくさん雇い、どこの国の料理でもいいからおいしい料理を提供すればいい。

 しかし、定期サミットではそうはいかない。サミットの開催国は、自国の伝統料理でおもてなしをするのが習慣となっている。


 おまけに、政治的に対立していることが多いフランソワ料理なんてふるまったら、彼らから笑いものにされること間違いなし。

 とのことで、他国からネタにされることありきで 料理をふるまったのだった。


「はじめてこの地に来て、この国の料理を食べて愕然としましたよ。よくこんなもの食べれますねって」


「言うわね」


「煮て、煮て、具材の原型がわからなくなるくらい煮る──とかそんな感じじゃないですか? ブリタニカの料理って」


「ああ、ごめんね」


 コルルがこめかみに手を当てて不機嫌そうに言った。よほど、食べてまずかったのだろう。いつも腕によりをかけてつくっていたコルルならなおさらだ。


 しかし、それにだって理由がある。みんな好きでまずい飯を食べているわけじゃない。


「工業化でね、川の水質が悪くなってるのよ」


「確かに、川沿いに行くとくさいですよね」





☆   ☆   ☆


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